【特撮の踏み絵 その3】『ゴジラVSキングギドラ』その2

今頃になって、タイトルの瑕疵に気づきました。
シリーズ名に「その3」作品名に「その2」すっきりとは程遠い付け方なような気がします。むしろ、ごちゃごちゃしているような気がします。

しかも当作品名の「その1」は、半分は別ごとです。タイトルに謳った『GvsKG』について暴挙を行った気分へなったりします。

当時の思い込みを大事する、というコンセプトを基に運営されているような当ブログです。勢い任せのいい加減さを、売りとするしかない感じです(笑)
それが顕著な「その1」となりました。

全く関係ない話題を延々と語る・・・持ち味だ!と捉えようかな、などと甘やかし気味な自分がいます。
問題は明確で、前置きが長い。ならば本文を長くすればいいわけですが、それはメンド・・・もとい、長すぎないようにしたいと思っております。あまり説得力がない理由で複数回に渡らせております。

けれどもさすがに今回は作品自体に集中したい、と思っています。ここまでフリが長くて何を言ってやがる状態ですが、今回こそです。

来年5月に公開予定『ゴジラVSコング』まで、当ブログでこさえた「特撮の踏み絵シリーズ」が何回を数えるか。具体的目標を持たないことで怪しい限りですが、盛り上げていきたい熱意はあります(笑)

不遇なライバル

2020年度に、これ書いてます。
昨年に公開された『ゴジラ キングオブモンスターズ』登場するは、人気怪獣のオンパレード。モスララドン、それに何と言ってもキングギドラ

大きく羽根と広げる黄金の三ッ首龍です。怪獣好きならば、ゴジラに対為す存在といえば、キングギドラといっても過言でない!かな(笑)

とはいえ、日本で製作された29作品(アニメは除く)アメリカにおいては3作品(嫌々エメリッヒ版を含むw)合計32作品において、キングギドラとして登場したのは、7作品ときます。

これを多いと取るか、少ないと取るか。映画作品ということで判断は難しいところでありますが、人気は間違いなくあります。

キングギドラが登場する『ゴジラ キングオブモンスターズ』の公開翌年に特集された書籍が出版されました。
商売的には、昨年の公開時に出版した方が良かったかもしませんが、今頃になっての出版がむしろ根強い人気を感じさせられます。

キングギドラ名義ではないものの、亜種と言える派生形態や「平成モスラシリーズ」に登場したものまで網羅されています。
ゴジラ同様キングギドラもまた、作品によって姿が変わる様を壮観できる本はあるようでなかった。ようやく出た、という感じです。

ようやく・・・そう、ゴジラの対戦怪獣というだけにのみならず、怪獣の中でも抜群の知名度を誇るはずのキングギドラ。しかしながら、その存在感に見合うような扱いを受けているかどうかとすれば、少し悲しくなってきます(笑)

初登場となった1964年『三大怪獣 地球最大の決戦』の製作裏から鑑みれば、不遇を定められていたように考えたくなります。
創成期の黄金コンビ本多監督・円谷特技監督が当作品を製作する前に「そろそろきつくなってきたな」といった感じで言葉を交わしていたようです。

映画界は斜陽の時期です。どんどん予算は削られていく時代へ向かっていきます。

そこに生まれた人気者、キングギドラ!長い首が三つに両翼があれば、操作すべき吊り糸を多く必要とします。アクションさせるには、なかなか面倒な怪獣であります。

だからか、昭和期に登場したキングギドラは都市部に登場することがありません。吐く光線が建物を破壊しているシーンがあっても、ミニチュアの中へ降り立つことがない。平地に降りての対決シーンだけに登場といった感じです。

予算が限られていけば、削減が美術へ向かうは特撮のお約束みたいなもの。操演の比重の多さからか、実はあまり飛んでいない。しかも強いという設定だから、ゴジラ以下の地球怪獣連合軍による複数を相手にして、勝つことは決してない。

しかも登場回数を重ねていくごとに、弱くなっていくよう。

改めて、昭和のキングギドラを振り返れば、その人気度に比して気の毒としか言いようがない扱いを受けています。

ガチ対決のゴジラvsキングギドラ

初対決

まず何よりタイトルを聞いて、真っ向勝負の予感に興奮します。
しかもアオり告知がたまりません。

対マン勝負はしたことがないゴジラキングギドラの両怪獣。
当時はちょっと生意気な年頃でしたから、ゴジラのライヴァルはメカゴジラのほうが当てはまるような気がする、なんてほざいていた頃が懐かしい。このポスターに、あっさり掌返しであります。

忘れられない宣伝文の1つとなっています。

そしてこの映画、昭和期にやらなかったことが連続します。

キングギドラはよく飛び、市街地へ降り立てば破壊の限りを尽くします。

ゴジラは新たな生誕とし、一回り大きく強力になった設定で現れます。

そして北海道原野を歩むゴジラの向こうで飛行して向かってくるキングギドラ。その登場から27年越しに、初めて互いが一対一で並び立つ。

それまでキングギドラへ向けて、一発しか放たられなかったゴジラが口から吐く熱線。それが今回は初っ端からの撃ち合いになります。
光線戦だけでなく、蹴飛ばし踏みつけ締め付けといった、肉弾戦もあります。

思う存分といった対決ぶりでした。VSシリーズを象徴する戦いぶりです。

一度はキングギドラは追い詰めたものの、そこはパワーアップしたゴジラです。吐く熱線のヴィジュアルからして、昭和期のそれを違います。平成ゴジラから始まった全身放射から、真ん中の首を光線で射抜く連続シーンは痺れます。

やっぱり逃げるしかなくなるキングギドラ、それを逃さずにゴジラの熱線が羽根を突き破っていく。感情などの忖度はいらない怪獣同士の心ゆくまでの戦いぶり。
ヒーローにはない、怪獣だからこその大きな魅力が詰まった初対決なのでした。

哀れ・・・かもしれない

「永遠のライヴァル」エンタメにおいて、心湧き立たせる鉄板フレーズです。お前がいてこそ、俺がいる。死力を尽くして戦うけれど、お前がいなければ、俺はここまでこれなかった。

怪獣界における「永遠のライヴァル」ゴジラにおいて当てはまるはキングギドラしかおりません。

しかしながら、そこはあくまでも怪獣同士。特にキングギドラは己れの意志で戦いにやってきたようなのは初登場の時だけときます。それからは誰かに操られるなど、いつもの事となっています。

現代に至るまでの長きゴジラの歴史においてキングギドラと1対1の勝負は、ここで取り上げている『ゴジラVSキングギドラ』とアメリカ製作の『ゴジラ キングオブモンスターズ』だけであります。

なんだか本当に「永遠のライヴァル」としていいのか疑問が湧いてくる今日この頃です(笑)

しかも、日本製作のゴジラにおいて唯一の真っ向勝負が描かれたとする『ゴジラVSキングギドラ』でさえです。

破れてしまったキングギドラが、メカになるのはいい。実際、初めて知った際のインパクトは計り知れないものがありました。

カッコいいには違いない。
けれども美女とはいえ搭乗されて戦う、となります。人類のために利用するならば、方法としてはこれしかありません。
ただ、哀れではあります。
本当に恐ろしいのは、人間だ!という例となりました。

ムック本においてキングギドラを「神獣」「最強伝説」と表されていると、なぜかいっそう悲しい想いに捉われます。

不遇・・・そう、このメカキングギドラ。予算上、平たく言えばカネがないため、既存のキングギドラにメカの部分を被せる方策が取られました。
別々に製作できていれば、ヒトが入っての演技になったでしょう。既存の着ぐるみに足す形で完成をみたメカキングギドラは、荷重オーバーでスーツアクターが入っておりません。無人のまま吊りのみの演技となります。もう動きなど、そうそうあるはずもない。

けれど、何が幸いするかは分かりません。

元々光線合戦を得意とする川北特技監督の演出の下、動けなければ両怪獣は撃って撃って撃ちまくるしかない。
ヤケとも言える光線の激突が、開き直った迫力を生んでいます。いいのか悪いのか分からないほどの思い切りが、ある一定層の人生を狂わしていくわけです(笑)

一般的な意味において「永遠のライヴァル」で考えていくと物悲しくなるゴジラキングギドラです。けれども怪獣だからこその関係性・・・いくらでも適当な解釈ができるところが怪獣ものの魅力ではないか。そう考えるようにしています(笑)

ツッコミどころ満載のテンポいい作品

当作品のストーリーを端的に現すなら、タイムスリップを盛り込んだ何でもやっちゃえなノリです。

これを楽しむか、けしからんとなるかで評価が分かれる感じです。どちらかに真っ二つな方向へ分かれます。だからある意味において「損はない」と言いたいところですが、自信はありません(笑)

ただ監督の大森一樹自身が「テンポも良くてツッコミどころも満載」と笑いながら振り返っているほどです。
いい歳の取り方としております。

ある特撮スタッフの最近のインタビューが、嘘は言ってはいないが事実を切り取って都合の良い解釈するさまにげんなりしてしまいました。
おもしろく歳を重ねた人と、身内でしか話しが通用しない人と、はっきり出た感じがします。

できれば自分が感銘を受けた演出家やスタッフには、がっかりさせられるような歳の取り方をしていないことを祈ってます。贅沢なことを言っているかもしれませんが、好きだったからといって無条件に受け入れる真似はしません。
ここで書いている人は、難しい一面を抱えているのです(笑)

この映画が当時、タイムスリップの破錠という理由で叩かれておりました。
おかしいと、まさしくあげつらう内容を載せた個人のHPがあったものです。
あったものです、というのは内容が変わっていたからです。

当初は『ゴジラvsキングギドラ』内のおかしな点であったのが、いつの間にか平成VSシリーズ全体へ切り替わっておりました。

そうなのです、当時は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のノリくらいしかなかったタイムスリップです。過去へ戻って未来を変えてくるくらいしか、基本的に指摘する側もそれ以上の考えから出なかった。

現代ならばタイムスリップどころかタイムリープという、より複雑化したストーリーに接している人が多くいます。
アルファ線とかベータ線とか、別時間軸に別宇宙までのタイムパラドクスに、記憶操作など、すっかりやりたい放題のタイムものであります(笑)
タイムスリップのおかしな点としたところが、なんだかんだ脳内変換が可能な時代になってしまいました。

もしかしたら現代から入った視聴者の方が受け入れやすいのかもしれない。

ただ脚本を書いた当時の大森監督がそこまで考えていたはずもなく、雑だという謗りもあながち的外れでもない(笑)

けれども過去へ還るという題材を取り入れたことで、個人的にとても好きなシーンが生まれました。

水爆実験から誕生したゴジラ。当作品においては、そうした水爆実験に巻き込まれる前の元の姿である、ゴジラザウルスを登場させます。

タイムスリップ先の過去の時間は、第二次世界大戦下の敗色濃厚な南洋守備隊の日本軍。隊長を演じるのが土屋 嘉男(つちや よしお)黒澤映画の出演が有名かも知れないが、創成期の特撮を支えたとしても過言ではない役者であります。

この土屋 嘉男が演じる役柄は、現代に戻れば大企業の会長ゴジラザウルスの時に命を救ってもらったことから「想い」があります。

日本を席巻したキングギドラと対峙したゴジラを、ゴジラザウルスの写真に重ね合わせ、きっとやってくれると信頼を寄せる姿に、少しぐっとなったりします。
けれどもゴジラは怪獣です。キングギドラを倒せば今度は代わって日本の都市を破壊し始めます。

ゴジラは南下し、新宿にある巨大ビルに土屋演じる会長が「待っている」。
ゴジラが進撃を止め、なにかを思うような顔つきへ。
それに土屋演じる会長が感極まった表情を浮かべた時ー、

ゴジラが口から熱線を吐きつける。ビル共々、会長を吹き飛ばしていく。

会長は、無念であっただろうか。それとも満足ゆく最期であったのだろうか。

この件りだけで、タイムスリップを取り入れて良かったと思ってます。ゴジラだからこそ生まれ得たシチュエーションです。

そんな会長だから、ゴジラザウルスが眠っているであろう場所まで原潜を向かわせて、核ミサイルを撃ち込もうしていたとしてもおかしくない。

プロデューサー側から、ある民間企業とはいえ日本が核を撃つことになる展開に難色を示さなければ、やっていたかもしれない。

ゴジラが内包するテーマ「反核」まだ初代のプロデューサーが担当するなかで、こうしたアイディアを提供する大森監督は普段の物腰柔らかさから想像がつかないほど、尖った部分を持っています。

人間なんて、まったく表面からは窺いしれないものであります。

大森本編・川北特撮のコンビがお気に入りだけだっただけに、これがゴジラで組んだ最後の作品になってしまったのが残念です(2本しかないけれど)しかも川北特撮監督は鬼籍に入ってしまったので、今だから話せるエピソードを聞くことが出来ないのは寂しい限りです。

当作品でキングギドラの元となる「ドラット」なる小怪獣が運ばれてくれば「なるべく映さないようにした」という大森監督のウラ話に、まだまだいろいろ面白い話しが聞けたのではないか。そう思えば、繰り返しになりますが本当に残念です。

監督が懸命になって出番を削ったドラット(笑)に注目しつつ、ノリのいい本編と迫力の特撮、そこに紛れ込む「いいシーン」これもまた怪獣映画ならではの作品です。