ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃【怪獣特撮の踏み絵 その1】#ミニラ、それが問題だ

おかげさまで、ブログが続いております。
開始した昨年の今頃は、地を這うような訪問数は仕方がない。書き方が力み返っていて、なんともです。

当時は一つの記事を、それこそ半永久的に残すくらいの気概でした。ブログという名の辞書を目指していた、と無謀極まっておりました。

続けていくうちに、データを揃えたサイトは多数あり、また自分など所詮は所詮ということに気づきます。
誰にでも参考になるサイトより、個人の感情、つまり偏見を込めたほうがおもしろいものへなっている気がしてきます(笑)

それに何よりも、作品に対する評価や印象は時期で変わることを、より強く自覚するようになりました。

不変なる内容を記すなど無理ムリ。その場における感情を記したほうが後で読み返した時に笑えそうだし、1回の記事で全てを網羅できるほど技量はなし。

ようやく己れを知った、としたいところです。でも本当に自分自身をどこまで分かっているか、まだ自信はありません。

今回の出だしは、勇翔の「牙狼語り」に触発されて、自分の特撮語りをする準備分となってしまいました。
勇翔が「牙狼」には15年に渡る想いを宿している、ときました。
ならばこちらは「ゴジラ」の30年だ、とあまり感心できない対抗心を燃やしたわけです。

こうして、ここで書いている者の特撮へ熱狂するに至った原点となるジャンルを扱うことと相成りました。

今回はかなり独自解釈による偏見が強いかと思われます。未見の方にはネタバレにもなります。どうか、ご了承のほどをお願い致します。製作者などの敬称も略とさせていただきます。

まずその前に「踏み絵シリーズ」?

ブログ開設において『怪獣映画』を、全て網羅するぞ!と意気込んでおりました。
しかしながら結果は『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』の公開に合わせて、少しばかりの取り扱いです。目の前の新作に追われる日々です。

俺の原点はこれだ!という強いはずの意志は、本人が思うほどではなかったのか。我が趣向を疑うばかりです(笑)

それでも20世紀の特撮ファンです。
昭和に平成という両時代における特撮の振興は、ゴジラのヒットを受け、ガメラ・ウルトラマンが続き、そして仮面ライダーへ至っています。

怪獣映画の洗礼を受けて特撮ファンになる流れが多かったように思われます。

比べて、これからの令和という時代。特に21世紀以後に生誕した方々です。

仮面ライダーとスーパー戦隊が並ぶ「ニチアサ」枠こそが、特撮そのものではないか。ニチアサが凄いところは、もう子供じゃないんだから卒業するという感覚を、だいぶ和らげたところです。また仮に卒業しても戻ってこさせるほど、一線で続けています。
そして何より、ファン層を男子及び一部マニアへ止めない点です。確実に視聴者層を広げました。

ゼロ年代以降生まれにとっては、ずっと成長と共に続くシリーズです。

巨獣ものは、思い出したかのように製作される程度となりました。大作化しすぎてしまった、という感じです。

巨大怪獣に特別な記憶はない。そうした世代が着実に大きく存在しています。

等身大ヒーローが特撮の全て。スーパー戦隊と仮面ライダーのみ。そうした世代が層を為しています。しかも未だ熱心とされる成人ファンの数も多い。

特撮ファンと括るなかで、これまでにない特徴を持った世代層と捉えています。

その世代層が観る『ゴジラ』の感想は一味違う。面白い観点がある、と思います。
怪獣ありきではない視点から出る疑問は、これまでにない考え方をくれたこともありました。もちろん箸にも棒にも引っかからない意見もありますが、当ブログがそうであるように、たいていの主張などそんなもの。活発に交わされるからこそ、中身の得られる意見がいくつか出てくると思います。

怪獣を知らないのに語るな。公開中、そんな言葉をたびたび見かけました。

あまりにも酷い知ったかぶりには、自分も腹は立ちます。しかしながら観たことがない人が指摘する意見に、過剰までな反応が「怪獣」において激しいように写ります。

こと「怪獣」になると、余裕を失くす人が出てくるようです。それが思い入れの度合いが強いから、ということは分かります。

ヲタとされる分野においては強い言葉の批評が多く見られますが、怪獣に関すると他者への攻撃がより極端になるような気がします。長き歴史を背負っているゆえ、あまりにも世代層が広いためか。特に下の層には厳しい。

ウルトラマンなら第1期は第2期に、ゴジラならば昭和は平成に、そんなものにファンが存在するなんて許せない、といった調子で述べる上の年代の意見が幅を利かせたりします。
世代の総意ではないにしても、強い批判は大きく取り上げられるものです。そのために意見を挙げた者は賛同を得たと思うようです。

同時代性のセンス、というものは確実に存在すること。それを無視して自分の周囲でもてはやされる意見のまま、後続を断とうするに近い行為は感心できません。

光線を吹く生物なんて不思議だな、と思うことが当然であって、知りもしないで黙れ!では、なんとも情けない。
もしくは手をすり合わせて近寄ってきたものの、ごとごとくの全否定では何も言いたくなくなって当然です。

少々傲慢であったり、誤解があったとしても、新規の意見だからこそ気づかせてもらえることはあります。

2010年代は巨大特撮映画が「実景に融合したCG」へ移行を完了した時代でもあります。

ここで書いている者が原点としている巨大特撮映画は、ミニチュアワークを基本とした映像です。もはや前時代的手法を駆使した作品を取り扱っていこう、という前提を自ら忘れないためのシリーズ名です。
マニアもしくはヲタへ連なるなら「踏むしかない」つまり本来の「主義に染まっていないことを証明するための踏み絵」とは真逆の意味での使用となります。

なんだか、ややこしいですね。自分で、そう思いました(笑)

単純に怪獣特撮を扱っていこうと思ったのは、本年度2020年11月20日に公開とされる『ゴジラVSコング』へ向けて盛り上がっていきたいからです。
要は、ただそれだけです。

そしてここ近年において、ニュージェネレーションズと名付けれたウルトラシリーズが続いています。ミニチュアワークを主体とした特撮が各家庭に届けられるようになりました。

このニュージェネを観て育った世代の意見は、まだこれから先です。特撮の画面を当たり前のように受け取る、かつての年代と共通する環境で育った特撮ファンとなるでしょう。

だからこそ現在の「怪獣に馴染みが薄い」世代が、どう感じるか。興味深いだけでなく、今しかない感想を聞かせてくれるのではないかと期待しているのです。

そのためには鑑賞してもらって、尚且つうるさい旧世代の意見にもめげずに述べてくれれば、と思っています。

そして今回は、最初に観た時と最も印象が変わった作品を取り上げます。
これでも、ここで書いている人は尖った時代もありまして(笑)、批難することが多い時期もありました。

歳を取れば、もっと傾向が強くなると思っていましたが、どうやら逆だったみたいです。
なぜか以前より幅広く楽しめるようになりました。たぶん欠点も見方を考えれば魅力になる、とする意識が働くようになったせいかもしれません。
これは相変わらず欠点探しをするという、いやらしい性質は変わらずであることを意味します。

上から目線のツッコミは多くの誤りを犯しやすい、ということに気が付いたこともあります。ツッコミばかりは、地に足が着けられない者ほど目線を上げすぎてしまう気がしたからです。

人によっては制御できるかもしれませんが、自分には無理なようです。どうせ制御できないなら悪評価より「好きだー」の気持ちを前面へ押し出したいです。

つまるところ「牙狼愛」を語る勇翔には負けないぞ、というところで落ち着くわけです。

ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃

ゴジラという作品群は、なんだかんだ言って観た直後は幸せです。もちろん不満点はあったりします。ああすれば、こうすれば、なんて考えたりします。

でも、どれも簡単に頭からは離れない。それは名作とされる『ゴジラ』『シン・ゴジラ』だけではなく『ゴジラ対メガロ』『ゴジラ対ガイガン』といった年少向けとされる作品もまた同様なのです。

怪獣映画というだけで興奮を覚える、そんな世代というより、そんなヤツなのであります。

いえ、一つだけ観た直後に「ふざけるなよ!」と思った作品があります。まだ幼い時分だったにも関わらず、テレビに向かって吠えるほど怒っておりました。

それが『ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃(ゴジラ・ミニラ・ガバラ オールかいじゅうだいしんげき)怪獣好きの子供なのにどうしたんだ!といった調子です。

なにに怒っていたか?

まずは、夢オチにです。
そう、主人公の少年・一郎が見てきた怪獣は、全て夢の中の出来事だった。なんかバカにされた気分になったのを憶えております。

出てくる怪獣が、過去の映像から引っ張ってきたものばかりです。子供ながらに、安上がりで済ませているのが分かります。

そして、あんまり好きじゃない怪獣のミニラが出ずっぱりです。ゴジラの息子というコヤツが出てくると、ゴジラがおとなしくなる感じがしてあまり出てきて欲しくない。

なんだか怪獣映画じゃないみたいで、鑑賞直後に悪印象を持った唯一のゴジラ映画です。
もしウルトラシリーズにおける、一つのエピソードなら許容できたかもしれません。

ゴジラ映画の中では最低と位置付けた『ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃』こうして思い返せば、テレビで観たというものの、それは放送であったか、ビデオで借りてであったか思い出せません。

時代は流れ、再生仕様がレーザーディスク、そしてDVDへが変わっていきます。ブルーレイディスクなど、ここ最近の代物だわな、とするオッサンなここで書いている人です(笑)

DVD時代に入って、見返す気になります。
それはただ視聴だけでなく資料を漁るようになり、事情をさまざま知るようになったからであります。

ゴジラシリーズ第10作目という記念碑的な側面もある『ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃』は、1969年12月に始まった第1回目の「東宝チャンピオン祭り」に組まれます。
考えようによっては、映えある第1弾とも言えます。もっとも現場からすれば、悪夢とも言えるかもしれません。

ここまでゴジラを築き上げてきた監督・本多 猪四郎(ほんだ いしろう)における後年のインタビューにおけるとです。
観客を呼べる作品へするには、ある程度の製作費の必要性を訴えたそうです。しかしながら会社判断として、予算をかけた製作はしない。もっとも製作状況が制限された作品となってしまったようです。

なにせ特撮監督がいない。
現在続行中のニュージェネにおけるウルトラマンでは、本編監督が特撮も請け負う体制が当然となっていますが、それ以前においては稀有な事例です。昭和版ガメラくらいが大々的に兼任していたくらいです。

なんだか覚束ないながらも新怪獣ガバラと対するミニラゴジラのシーンを撮影した感が、インタビュー文から窺わせます。

加えて、大半の怪獣シーンはライブフィルムです。過去映像の引っ張り出し満載では、衝撃ある特撮シーンなど与えられるわけもない。

怪獣で魅せられる要素は少ない状況で製作された、この作品。ゴジラマニアを称するならば避けられない、と大人になったここで書いている人は、ある種の義務感から久々の視聴をします。

これが、実にいい。

高度成長期における主人公の少年・一郎は「鍵っ子」という懐かしいフレーズの家庭環境です。この一郎は気弱なせいか、いじめられています。社会背景は違えど、少年の持つ孤独感は時代を越えて通じるものがあります。

一郎の父親が、出来れば工場立ち並ぶ場所ではないところで子供は育てたい。そう語る姿は現実世界そのものであり、生活するために叶わぬ希望であることを、日常生活のワンシーンとして描かれています。

大袈裟に構えるところがない。まさに当時の生活に密着した映画です。

子供では分からない映画であった。
理解できなかった過去の自分へ言い訳するために、そんなことを思ったりしました(笑)

ファンタジーの世界へ旅立ち、成長して帰ってくる物語りとしてなかなかな出来上がり具合です。

そう考えれば、新規特撮シーンにおけるゴジラ・ミニラ・ガバラのシーンが、凄い特撮であってはならなかったようです。監督の意図するところを斟酌できなかっただけでした。

そして嫌だった夢オチは、ゴジラシリーズ唯一の「怪獣が存在しない世界」を舞台にしたものとなります。
捉え方次第では、これほど先鋭的なゴジラ作品はなかった!と言えるかもしれません。

ただ、ミニラがね(笑)
怪獣映画を、映画としても素晴らしいものとして世間へ認知させるべきだ!そのためにも児童層を取り込みたがるような要素は排除すべきだ!と、息巻いていた一時期が自分にありました。
ヒトの生き死にに直面して、いかにそれがイタイ息巻きだったか自覚するまで、ミニラは認めるわけにはいかない怪獣でした。

当作品では、ミニラは大事な役どころです。むしろ夢の中とはいえ、少年と心通わす怪獣キャラクターは、コヤツしかあり得ません。
もう認めてやってもいい(笑)

しかしながら現在になっても、今一つであるミニラです。

理由はやはり、容姿です。
リトルゴジラはかわいい、と思った時に気が付きました。
ミニラ、おまえブサイクだからだわ、と。

人間の容姿にはさほどのこだわりはないのですが、怪獣はいけません。カッコいいなり、かわいいなり、コワイなり。きちんと好みに添っていないと困ります。

それ冗談に聞こえないから問題、と指を差されて指摘されたこともあります。

でも原因が判明したことで、ミニラの愛嬌を気に入られるようになりました。しかし、相変わらず見た目がダメなのです。
とはいえ、これは個人の好みのお話し。映画自体には何の関係もありませんので、悪しからずです。

この作品をゴジラ知らずで観たら、楽しめただろうかと考えたことがあります。
初めて観れば、ライブフィルムも新作です。わんさか出る怪獣に喜んだか?しかしながらストーリーの良さを知るには、厨二病へかかる年代であったらきつそうです。子供向けと切り捨てていたでしょう。

やはりファーストコンタクトのゴジラ映画としては厳しそうです。
子供向けながら忍ばせているテーマを読み取る力が付いた年齢になって、かつ古き映画も好むという条件を必要とする、実に難易度が高いゴジラ映画なのかもしれません。

ある覚悟が必要!それが当ブログにおける「踏み絵」シリーズです。