ウルトラマン80【YouTubeにて絶賛配信中!】でも本当の最終回は?

押し付けられると反発したくなるから、人間は不思議です。

表現はさまざまなれど、つまるところ「外へ出ずに自宅にいろ!」といった論調が多く見られるような気がします。

「外出自粛」それは一般に置いて、我慢に分類されることなのだろうか?

「わざわざ外に行かなくいいんだ、家の中で思う存分に過ごせるのだ」なんて素晴らしいことではありませんか!。

最前線で厄災と戦う人たちには申し訳ないほど、外出しない幸福に浸っているほどです。もうブログなんかいいや、ぐらいにです(笑)

しかしながら家族という絆は、四六時中寄り添うと複雑化するようです。忌憚なく表現すれば「うざったい」状況へ陥るそうです。

ならば、映像しかありません。
一緒になって同時に分かち合える娯楽の最高峰は、映像作品です。読書は基本が独りの作業なため、分かち合うにもタイムラグが生じます。

そこで映画やテレビ作品を!さらに踏み込んで、昔懐かしの!名前は聞いたことがあるけれど、観たことがない作品なんていいんじゃないかな。

けれどもアドバイスとして聞いてもらえるのは、ここまで。
ここから先は、ゴジラやガメラにライダー、そしてウルトラマンを薦めてもスルーされるばかりです。

仕方がないので、ブログで発散するしかなくなります。
こうして厄災に見舞われた情勢と関係なしに、ここで書く人なのです(笑)

以下、ネタバレあります、独自解釈による偏見もあります(笑)どうか、ご了承のほどを。製作者などの敬称も略とさせていただきます。

ウルトラ史上最大の路線変更

2020年4月から『ウルトラマン80』が公式配信されています。

大過ない状況でしたら、ウルトラマンのオススメで終わりそうですが、新型肺炎ウィルスに見舞われるなかであれば、力を与えてくれる作品として紹介したいです。

特に「教師篇」とされるワンクール目を注目していただきたい。
全50話を放映されながら、10話ちょっとの話数しかない(ワンクール目においても教師ではない回あり)エピソードが『ウルトラマン80』の全てであった、としても過言でないからです。

他のウルトラマンというより、他の特撮作品にもなかった「ヒーローは、先生」長谷川 初範(はせがわ はつのり)演じる矢的 猛(やまと たけし)は、モットーの「一所懸命」を地で行きます。おっちょこちょいで不器用な性格なれど、体当たりで向かっていく。

当時は、金八先生や熱中時代といった教師ドラマが社会的現象になっていた時期です。
熱心に観ておりましたが、大人となった現在になれば多少ひねくれた見方をしてしまうことが、正直なところです。

しかしながら、ウルトラマンという世界という贔屓目に加え、矢的先生の真摯さは、現在になっても素直に受け入れられるところがあります。
正面から教育問題に取り組んだという大袈裟がない分だけ、思春期が身近に描かれていたよう思います。

何より、UGMという防衛隊員という立場より、矢的先生がよく似合っていた。矢的先生のキャスティングを長谷川 初範にしたことが大正解だっただけに、教師篇が消滅したことは残念な限りです。

教師篇を止めた理由として、学校を抑えるのは休日しかないとする撮影スケジュールの都合や、教育問題を織り込むには無理があったから、などという理由を聞き及びます。

実際、どうなんでしょうかね〜?

大人になって、意地悪になった見地で述べさせてもらえばです。

番組のスタートから、学校が舞台であることは決定事項です。
けれども撮影に入ったら日曜しか使用できないことに気がついた?なんだかずいぶん杜撰なお話しです。急遽決定した設定ならば、まだ分かります。けれど新番組開始に当たり、スケジュール管理をきちんと行うことは今も昔も変わらないはずです。

撮影に入ってから、ロケ地が使えないやスタジオへの振り替え案がない・・・信じられないところですが、もし信じるならば教師篇を推したプロデューサーが飛ばされた理由の一つへなるでしょう。

教育問題を題材にすることが難しかったから、とする理由には承服しかねます。ウルトラマンという作品はここへ至るまで、人類の存在意義へ踏み込むような重いテーマもこなしてきています。
教育問題が特別に扱えないほどのものとは考えられません。
むしろこれまで全てとは言いませんが、上手に取り込んできていました。出来ないとするは、スタッフ、特に脚本家へ失礼でしょう。

結局は、思ったほどにウケなかった。それが最大の原因だと思われます。そこへ製作サイドや現場などといった内輪の揉め事が重なったためではないか。
そう邪推しています。

これまでウルトラシリーズに限らず、テレビ番組が路線変更することはよくありました。

けれども『ウルトラマン80』以上に、ここまで極端な路線変更イメージを与えた作品はなかったと思われます。少なくとも、ここで書いている人にとっては、そうです。

しかも作品中で、教師篇でなくなった理由も一切語られなくフェイドアウトでは、視聴者を置いてきぼりもいいところでした。

ただ『ウルトラマンネクサス』や『ウルトラマンR/B』において、路線変更の打診を突っ撥ねられるようになったのは、『ウルトラマン80』という先例があったおかげだと思っています。

おもしろいもので『ウルトラマン80』評判が今ひとつといったことで教師篇を廃止し従来の路線へ戻したら、さらに視聴率を落とすハメになります。

ヒットは作品の出来だけで左右されるものではありません。
時代性やタイミングといった「運の巡り合わせ」というものもまた必要です。
80年代は、特撮というジャンルだけで不遇をかこつ雰囲気がありました。実際に制作側にも、従来から脱する意気込みが薄かった時期だったと思われます。

以前の設定を捨てての仕切り直しは、平成という年代へ入るまで待つしかありません。

ウルトラマンを、先生にする。大胆かつ現代ではやりきれないであろう設定を、少々無理があっても最後までやりきれていたら、と思わずにはいられなかった。
泣いたり笑ったりできる矢的先生で駆け抜けていたら、当時に評判は得られなくても、後年においてオススメできる作品になっていたのではないか。
もう少し胸を張って周囲に語れたような気がします。でも反応はいつもと変わらないでしょうが(笑)

もちろん隊員として当たるなか、秀逸なエピソードもあります。

特に、初の変身する女性ウルトラマン「ユリアン」登場回数は8話ながら、インパクトはライダーマンに近いくらい(匹敵まではいかない)ありました。
たった一度きりの変身した回は熱くもなり、またせつなくもなる、非常に好きな回です。

それでも『ウルトラマン80』といえば、先生!全体を締める話数は少なくても、作品のイメージとしてイコールになるのは、それしかありません。

いつの間にか消えていってしまった矢的先生。
その後、演じた長谷川 初範が、90年代のトレンディドラマでブレイクして見かけるようになれば、却って矢的先生を思い出さずにはいられません。
投げっ放しにされた時期が子供の時分であっただけに、無念さが残ってしまったようです。

けれども、この未練を持っていたからこそ、後にとてつもない感動が得られることとなるのです。

思い出の先生

リアルタイム世代なればこその思い入れがあります。

特撮評論において、完成度の低さ等といった論調で「さほど観るに値しない」とされても、胸への刺さり方はそれぞれです。
むしろ未完成の態だったからこそ、よりいっそう忘れられなくなったようです。何が幸い?するか分からないものです。

2006年4月から『ウルトラマンメビウス』が放送開始されます。
『ウルトラマン80』から地続きとなる、集大成な作品となりそうです。

放送途中において劇場版『ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟』が公開されます。かつてのウルトラマンがフィーチャーされる状況になります。

しかしながら、この劇場版にウルトラマン80は登場しません。
やはりハズレ作品として、取り上げられることはないのか。せっかく前年に研究本が出版されていただけ残念です。

長谷川 初範もインタビューを受けており、先生役を非常に惜しんでいたふうでもあります。
けれどもウルトラマンタロウである篠田三郎の例を見れば、インタビューやイベント等は引き受けてくれるものの、出演となれば難しいかもしれない。

登場しても、きっと無口なままウルトラ兄弟のうちの1人として並ぶだけなんだろうなぁ(笑)と諦めておりました。

そんな4月から開始されたメビウスが、年を越して終盤へ突入して間もない頃です。

ウルトラマン80がゲストとくる、しかも舞台は「桜ヶ岡中学校」とくる!

正座するように、待ち構えておりました(実際に正座していたかどうかは憶えていません)。

泣いたなぁ〜、ここまで泣いた特撮番組なんてなかったんじゃないか、ぐらいです。同じくらい泣くまで『ウルトラマンR/B』におけるツルちゃんの最後まで待たなくてはいけません(笑)

舞台であった桜ヶ岡中学校が統廃合で廃校にされるということで、同窓会を行うことになった矢的先生が担任した「1年E組」教え子たち。

普段はミライとして防衛隊GUYSのクルーとして活動するメビウスが、教え子の1人から依頼を受けます。
登校拒否から立ち直らせてくれた矢的先生に憧れて教師になった塚本は、先生こそウルトラマン80と信じている。

ミライが彼方へいる「80兄さん」へ再会を求められていることを伝えます。
その答えが「こんな形で学校を去ることになってしまった自分には、もう生徒達に会う資格は無い

ここに、グッとくるわけです。これは劇中における生徒たちだけではなく。当時の視聴者も含めて答えたようなセリフ内容です。

これは矢的先生だ、と思いました。

クラス会が行われる日。桜ヶ丘中の屋上に集う、すっかり大人になった教え子たち。

そこへ現れる「泣くな初恋怪獣」で登場した怪獣ホー。かつてマイナスエネルギーとして生み出した真一が前科者として扱われるところが、懐かしくさせます。

マイナスエネルギーで生まれた怪獣を倒すは自分の役目と、ウルトラマン80がやってきます。本当に役目としてやってきたのか、それとも実はかつての教え子たちが気になっていたのではないか。いろいろ慮ってしまいます。

やってきたウルトラマン80に、屋上から元1年E組の生徒たちは叫ぶ。

「あ…あれは」
「ウルトラマン…」
「80!」
「俺たちの」
「ウルトラマンだ!」

「俺たちのウルトラマンだ!」のくだり。もう今、観直したって、泣けてきます。ここに長年の想いが集約されています。

怪獣ホーは無抵抗のまま倒されます。後にミライは、80兄さんと教え子達を再会させたい桜ヶ丘中学の想いから生まれた、と言います。その通りだと思います。

無事に倒した80にかかる声「先生ー」。
これに、80は顔を向けてしまう。正体は知られていないのに、思わず反応してしまった、というわけです。

それから次々と教え子たちが現在を叫んで報告してきます。
それを受け止める80の顔。無表情なはずのウルトラマンに、揺らめくような表情を見えるようです。

「みんな先生には感謝しています。本当にありがとうございました」そして歌う、仰げば尊し。

感情が爆発してしまいます。このために、我慢を強いられたと思えば、甲斐があったというものです。

この後に、矢的先生自身が登場。教え子たちに逆に教えられた、とミライの横へ立てば、先生として過ごした日々はかけがないのない思い出だった、と伝える。

「わたしは自分の言葉で謝ってみるよ、大切な私の生徒たちだから」

そこいるのは、間違いなくウルトラマン80以前の「矢的先生」です。嬉しくて泣けます。

ただ強い言葉で開き直る姿勢ばかり見せられる現状において、自分の言葉で謝りにいく矢的先生の姿は何ものにも代え難いです。
新型肺炎による厄災に覆われた現在こそ、観て欲しい『ウルトラマン80』の教師篇と、その真の最終回と言える『ウルトラマンメビウス』の「思い出の先生」なのです。