ウルトラマンネクサスFinal Episode 絶賛配信中!厄災に見舞われている現在こそ観たい最終回です

仕事はしなければなりませんが、人付き合いが絶たれたおかげでずいぶん時間が出来ました。

時間が出来たら、まず過去作品の観直しがしたい。
当ブログの量(質ではない)を、もっと充実させたい。

常日頃漠然と思っていた状況が、ここにきて訪れました。

外出を「自粛」などと言わず「強制」でも構わんぞ!くらいの勢いです。

勢いが良すぎました。

時間があるという念頭があるせいか、思い切った観返しをします。加えて、観れずに溜めてある「まだ目にしていない作品」の多さに改めて気づきます。

映像ばかりではありません。
積読も相当です。
書籍にコミックと相対する際に、ながらはありません。映像は食事しながらがありますが、本を汚したくヤツであります。
こうした姿勢が、買っただけの書籍を積むハメへ拍車をかけております。

観るもの、読むものが多くて困るわ〜、ブログなんて書いてらんないよー。

真面目に言ってます。ここはブログも自粛か、と訳のわからない葛藤を生み出すほどです。

でも、それをやっちゃうと、元の世界へ帰れなくなりそうです。朝から晩まで観て読んでを、2、3日にならまだしも、ずっと・・・まずい、それはまずい。

押し留めるためにも、ブログだけは続けないと、マジでヤバい。

情報発信ツールを自己保存のために使用としている、しょうもないブログであることをご承知くださいますよう、改めましてよろしくお願い致します。

以下、ネタバレあります、独自解釈による偏見もあります(笑)どうか、ご了承のほどを。製作者などの敬称も略とさせていただきます。

観返しが利く作品

YouTube上の『ウルトラマン公式 ULTRAMAN OFFICIAL by TSUBURAYA PROD.』にて、2020年4月14日から限定1週間です。
『ウルトラマンネクサス』第37話(終)「絆 – ネクサス -」が配信せています。

観ている、DVDで所持している。ブルーレイで、いつか出すのか、どうなんだ!というくらいの人も「あの最終回をネットで観る」のも一興か、と思います。

では、観たことがないという人には、どうするか?

ここで書いている人ならば「観るべきだ」とします。

特撮ファンにおける無責任な推しではないか、という指摘を受けそうです。
その通りなので、頭を垂れるしかありません(笑)

それでも敢えて言わせてもらえばです。
たった1話に凝縮された密度は、ウルトラシリーズ屈指であります。確かにこれまでの伏線もあれば、流れもある。けれども最終回だけでもまた確立されています。
それが、ウルトラマンネクサス最終話『絆 – ネクサス -』であります。

それにどうせ最初から追っかけていたって、最終回を観終われば見返したくなりますから、同じです。
何も知らないまま観るという行程が省かれただけです。
名作というものは、結局はネタを知ったうえで何度も見返す付き合いをするものです。
なので、先に少々ネタを知ろうが構うことはない。これから不審に思ったことや逃しているシーンを確認できる作業が残っています。すっかり全てを鑑賞してしまった者からすれば、羨ましい限りではありませんか。

こうした考えは、時に友人から恐ろしいと言われます。
三部作の映画で、最終話だけ強引に付き合ってもらう場合によく言われます。

知るきっかけはヒトそれぞれ。少しでも自分の世界へ引き込むためには、順番など構ってはいられません。

ただ、これが仇になっているかも、と考える時はあります。ほんのたまにではありますが(笑)

ウルトラマンネクサスは、1年間の放送予定を短縮された経緯があります。後半において、もろそのあおりを受けています。

おもしろいもので、短縮が展開の速度をぐっと上げたおかげで目が離せなくなります。少々足りないくらいのほうがストーリーはおもしろくなる、といった分かりやすい一例となりました。

とはいえ、ネクサスという作品にハマるとです。
鬱・遅い・地味とされ、批判を一身に引き受けた前半部分の、通称「姫矢篇」これが大人になって観ると、さらに味わい深く観れます。

じわじわくる恐怖感。子供には酷?いえいえ大人だって、ゾッときます。直接描写を避けることが却って、残酷感を醸し出してきます。

きっともうこんなウルトラマンは作られない。
そんな作品の『ウルトラマンネクサス』それを決定づけた前半部分を、最終回鑑賞後に見返せば、また違った感動があります。

特に主人公の孤門と恋人のリコが前半だけを抜き出したら悲惨なエピソードであったはずが、観返しでは「泣き」の要素へ大きく傾いていきます。

知っているがゆえの感動。ウルトラマンネクサスには、そうした側面が強くあります。

今こそ「- ネクサス -」

平成ウルトラマン3部作と呼ばれるシリーズがあります。
ティガ・ダイナ、そしてガイア

このガイアには、もう一人のウルトラマンが番組全体を通じ登場しています。当初は敵対するものの、やがて協力関係になるウルトラマンアグル。変身前は藤宮博也という、イケメンだが普段は一体なにをやっているんだか、といった風体です。怪しいことも怪しいが、どちらかといえば、ニート風情(笑)。どうやらお金に困らない立場にあり、頭が良すぎたことで思考トラップに陥った人物です。

防衛隊とは、無縁のウルトラマンアグル。
この藤宮が、そろそろ防衛隊に属さないウルトラヒーローが生まれてもいいんじゃないか、と考え出したきっかけです。

戦闘中に抜け出す隊員。それが悪いというわけではありません。ただお約束としなければいけない事柄に相当するとも思えなかった。
まだまだ尖っていた若き日の思い出です(笑)

こうした個人的経緯もあり『ウルトラマンネクサス』が、主人公の孤門は防衛隊にて、別に変身者がいるウルトラマンをバックアップする体制に感銘を受けておりました。

望んでいたウルトラマンの新しいフォーマットです。ただ商業的に失敗という結果が、継承をそう容易くしませんでした。

製作状況による特殊事情ゆえの『ウルトラマンギンガ』を除けば、本格的に防衛隊へ所属しないウルトラマンが描かれるは『ウルトラマンオーブ』まで待つしかありません。

これでまたガイアオーブ、それから繋がる防衛隊に所属しない路線のジードR/Bタイガと観返したくなるから、時間があるなどと下手に思わないほうがいいかもしれません(笑)

ここから本格的なウルトラマンネクサス Final Episodeのネタバレになります。観ていなければ、先にネット配信の視聴を推奨します。けれども動画配信を観られない環境の方もいらっしゃるでしょう。そんな方は、これより先に進む場合は覚悟してください(笑)

この回では、冒頭から裏切り者が行動を開始します。
防衛チーム隊員の1人が黒幕であり、世界を滅ぼす黒き巨人。己れの力を取り戻すため、副隊長を利用して、ウルトラマンの光を奪い取ります。

ダークザギと呼ばれるその姿は、まさに黒きウルトラマン。ベリアルより先に登場した、最凶のウルトラマンといったところです。

このダークザギを迎え撃つ防衛隊のメンバーで残っているのは、隊長のみの状態になっていました。
この隊長を演じるは、石橋保タイガにおけるナックル星人の小田さんを見れば分かる通り、名演で応えてくれます。
たった1人の出撃。この熱演には胸が打たれます。

そしてネクサスというウルトラマン。受け継がれていく絆として、変身者が紡がれていきます。

最後の最後で、ついに主人公の手にある変身アイテム。孤門のたった一度きり見せる最初で最後の変身が、まるでずっと変身してきたかのようにサマになっている!

放送当時は感動でしたが、現在は涙ぐんでしまいます。
歳は確実に取っている、ここで書いている人です(笑)

涙ぐむといえば、孤門が変身したウルトラマンが苦戦するなか、見上げる人々の反応です。
敵怪獣が恐怖を捕食するという理由で、これまでウルトラマンの戦闘及び存在さえ人々の記憶から消去されていたにも関わらず「覚えている」「俺たちのために戦ってくれた」「がんばれー」

そして倒した後にインサートされたリコ孤門へ寄せる信頼の言葉を投げかけるシーンには、堪えきれないもの湧き上がります。
守りたいという孤門の想いはこうした形で結実させる。素晴らしいじゃないか(平静状態でなし)

ウルトラマンネクサスは滅亡へ招く大ボスは倒したものの、まだ人間を襲う敵怪獣の脅威から脱するまでには至らないまま、終わりを迎えます。

「ボクたちは生きている。例え昨日までの平和を失い、恐ろしい現実に直面しても、大切なものを失くし心引き裂かれても。思い寄らぬ悪意に立ちすくんだとしても」
「ボクたちは生きる。何度も傷つき、何度も立ち上がり、ボクたちは生きる」
「諦めるな」

最後を締める孤門のナレーションは、新型肺炎ウィルスによって右往左往する情勢にこそ、必要な言葉です。
配信開始当時は夢にも思わなかったでしょうが、まさしく絶好のタイミングです。

これこそ「天の配剤」と捉えて、『絆 – ネクサス -』を視聴し、そのまま『ウルトラマンネクサス』へ、さらにウルトラマン全体まで見返すほどの興味を広がったら喜ばしい限りです。