【梶浦由記は手強い】KeikoとHikaruが同じステージに立つ!復活の狼煙になるか

当ブログは2019年、つまり本年度の3月から開始しております。
作品紹介をしよう、というだけ考えて始めました。要はコンセプトがないわけです。

だから映画を始めとする映像作品の紹介を主として行っておりました。けれども元々しっかりした理念がありません。映画の内容紹介なら、大手サイトできちんとしたものがあります。

個人ブログで取材等するほどでもありません。あくまで、外から得た知識で書くことだけでいいのか。誰かが紹介してくれたものをまとめているだけではないか?

ならば情報よりも、自分の感情を多く混ぜたほうがいいかもしれない。正確な発信より、もし読んだ人の琴線に触れるような感想文が良いのではないか。もちろん楽しんで読んで欲しいが、仮に反発でも取り上げた作品に向かう契機になってくれれば本望!としたい(笑)

けれども、どんな作品も好みが分かれるもの。全ての人に絶対的な賞賛を浴びる創作品など考え難い。もし悪評がないとしたら、それは状況の兼ね合いにおける好評であって、作品としてではない。実際はスルーされる程度のものでしかない。作品にとって恐ろしいのは罵詈雑言よりも無視であります。

エンターティナーが内側へ向かった活動ほど退屈へ向かいやすい。

劇場版『空の境界』を心待ちにして鑑賞し続けた者にとって、音楽は梶浦由記であり、新たに組まれたユニット『Kalafina(カラフィナ)』のファーストアルバム『Seventh Heaven(セブンス・ヘブン)』は予約してまで購入するものでした。

その後は正直に申せば、ファーストアルバムほどの熱は生まれておりません。梶浦由記のボーカルもののプロジェクトにおいて思い入れという部分では最下位かもしれません。
それでもカップリングに対しては自信ないものの、全て聴いてはおります。あくまでも梶浦由記が携わるなかで、といった基準です。長期に渡り安定した高い人気を誇っておりました。売り上げで見れば、最も成功した梶浦由記のプロジェクトです。
10年という期間を経ながらも、まだまだ人気は続く気配がありました。

壊れる時は簡単なものです。たかが事務所経営陣1人のカンに触っただけで、オシマイときます。ここで書いている人は中小企業に勤めた際に世間なぞ何も知らずに育った経営役員に苦しんだ体験から、梶浦由記もきっと同じ目に遭ったと決めつけているわけであります。
いちおう憶測だぞ、ということはお断りさせていただきます(笑)

一つだけ言えるのは、この事務所(スぺースクラフトという)は有能ではない状態が続いているということです。1人2人ならまだ確執から生じた個人的な事情として鑑みれます。しかしながら人気声優の大量離脱といい、今回の梶浦由記に伴う複数人における離脱と、ここ近年は問題を発生させています。

芸能事務所の命脈といえば、ツテと言う関係性です。事務所自体が長年培ってきた取り引きが仕事を生みます。なんだかんだ言っても安定した状況下においては、新規よりも古い付き合いを尊びます。特別な商品でもなければ、これまでの相手へ依頼します。

特に有能な手腕を必要としなくても、取り敢えず老舗として事務所経営は成り立つといったところでしょうか。
ただし、今後どうなるかかは分かりません。

「今後どうなるか」既存事務所の後ろ盾で活動中のwakanaに、そのまま当てハマるような文句だと思います。うまくいくかもしれません、悪い方向へ転ぶかもしれません。兎にも角にも活動はしている、としたところで現時点はそれ以上言うことはありません。

最も懸念していたのは、Hikaru(ヒカル)。3人のなかで、やはり一番に地味だったと思うわけです。他の2人であるKeikoWakanaは『FictionJunction』という元があり、同時進行であります。露出が1人だけ控え気味でありました。
梶浦由記独立後の『FictionJunction』においてWakanaの部分を担当させるかと考えたりしましたが、それはあざとすぎますか。

現在『H-el-ical//(ヘリカル)』もしくは『Hikaru//』ので、ソロプロジェクトを活動をしています。

そして先だって12月1日初のソロライブを神奈川県民大ホールで、キャパ2000人に対して3000以上の応募があったと聞きます。
改めてKalafinaで培ったキャリアの凄さを感じます。

Kalafinaって凄いです。なぜ、これだけのプロジェクトを投げられたのか、不思議でなりません。利益を考えるならば体面など投げ捨ててやってしまうのが、普通の企業です。ファンの反発を買いながらも、広く認知されたグループは注目は集められます。取り敢えず利益はそれなりに上げられます。
そもそも退社する梶浦由記を外すだけから出発したはずなのに、どうしてこうなったか?それはあまりな妄想になってしまうので書き殴るのは憚りますが、手持ちのカードを握っていたのは事務所であったが切るまでの手順を踏めなかったことは間違いありません。

Kalafina解散の告示が梶浦由記HPにある時点で完全に放棄しています。
事務所としてはKalafinaの楽曲権は製作者たる梶浦由記にあり、続行することによって印税で稼がせたくない、といった理由を推測しています。そこまでさもしいかな、と思われる人もいるかもしれないが、「うん、いるいる」と頷いてくれる人もいるだろう。

大ホールを満杯し、無事に公演を終えたHikaru。個人的にもライブへ行ってみたかった。しかしながら『See-Saw』ですら状況が許さないなか、況してやHikaruなどいけるはずもない。
けれども現在の心境としては、ソロだからこそ行ってみたくなっています。

しかし、Hikaru。まさか「H-el-ical//」名義でYouTube配信を、5月なんてそんな前からやっていたとは知りませんでした。やはり自分はKalafinaファンからすれば、緩すぎます。

どうしても梶浦由記があってこそであり、梶浦由記に重きを置いてしまいます。

Kalafinaファンであり、現在もメンバーそれぞれの活動を応援している人たちに申し訳ないが、やはり事務所とそこでバックアップを受けて活動しているWakanaに対して、おもしろくない。その点を誤魔化して中立ぶりながら糾弾する姿勢は、タチが悪いメディアもどきになるようで落ち着かない。

梶浦由記サウンドに支えられてきた者としての感情を、はっきりさせておきます。いつかもっとうまく書き方も感情もコントロールできるようになれれば良いですが、実力も人間性も伴わない現状では素直に打ち明けるしか方法がないことをご容赦ください。

デビューしたSee-Sawは全くといって言いほど芽が出ず、実質解散へ追い込まれたようなものです。その後サウンドクリエイターとしての数年を経て、ようやくSee-Sawを再始動まで漕ぎ着けます。See-Sawとしての活動は本格的にまで至らなかったが、ボーカルの石川智晶もまたプロとしての活動を可能にしました。

何もないところからは奇跡は生まれない。See-Sawのメンバーが2人とも活動していたから、復活はあった。
その礎は梶浦由記こそなのです。この人がいなければ、貝田由里子の魅力がどこまで発揮されたか不明であり、FictionJunctionKalafina、他多数もなかった。「歌姫」とされる多くの実力系女性歌手が在野に埋もれていたに違いないのです。

順風満帆とは程遠いなかを梶浦由記は進んできています。商業的にも成功をもたらし、本来なら「売れ線ミュージシャンにありがちな横暴」さえ許される立場にまで昇り詰めながらです。

そうした人柄の良さにつけ込まれている気がします。でもだからこそ、たいていのアーティストとは長い付き合いになるのでしょう。See-Sawの復活ライブがデビュー当時から知り合いミュージシャンで演奏されたといったところからも窺えます。

『FictionJunction Station Fan Club Talk & Live vol.#1』が来年2020年の3月下旬から追加を含め、4公演が行われます。
梶浦由記とその仲間たち(笑)と言えるいつものメンバーが揃う、といっただけの話しだけではありません。
もうとっくにファンの間では認知されている情報でありますが、ゲスト・ボーカルでHikaruが加わります。

今更ながらですが、凄いことです。Kalafinaのメンバーであった、KeikoHikaruが同じステージに立つのです。

これでKalafinaがどうこうなるという話しとは思いません。けれども「いずれ、また」ではありますが可能性としては進んだ気がします。完全な形は難しいかもしれませんが、本当なら事務所主導のサウンドクリエイター及びボーカル2名の交代による「新生Kalafina」なんぞよりよっぽどマシな本来あるべき姿に近い「Kalafina」のパフォーマンスが見られる日がくるかもしれません。

それが何年後かは分かりません。See-Sawの例を見るならば、15年くらいは待つ覚悟は必要か。気が遠くなりますが、なに実際にそうなれば時間の長さなど忘れます。問題はチケットが取れるか、そこになると思います。

今回『See-Saw LIVE ~Dream Field 2019~』に行けなかった者の悶え方と、行けずとも復活だけでも感謝といった内容に、Hikaruの件を絡めるつもりで書き始めたら、絡めるものが主になりました。書いた当人もびっくりです(笑)
またの機会にしよう、ということになりました。
梶浦由記は自分にとって、まったく手怖い存在です。それを再認識ばかりさせられる独立後の活躍なのです。