ネタバレ感想【仮面ライダーゼロワン】第15話 ソレゾレの終わり

足下をすくわれました。
鑑賞後において、まず挙げたい感想はその一言です。

平成期に入って1作品に多数のライダーが登場するようになりました。
平成ライダーのこうした姿勢に「仮面ライダーの価値を下げる行為だ」とする、ツイッターやブログといった一般からの指摘ではない、特撮評論家とされる者の手によって意見されていたことがあります。

確かに、そうした一面はあります。けれども、あっただけです。特撮は予算がかかるもの。時代に即した対応をしていかなければ、製作など及びもつかない。

ツイッターなどにおける指摘ならば良いと思います。どんな名案にも危惧は孕むとして、胸に留めておくべき点はあります。こういっては何ですが、ツイッターの意見ほど取捨選択できる余地を持った情報発信はないです。
あくまで一つの意見として取り扱う。それをどう解釈するか取り入れるかは、読み手次第の自由さがあります。

まだSNSがなかった頃に展開していた頃の特撮は、古くからの意見が支配していた時代だったように思われます。ウルトラシリーズなら第2期は第1期に劣り、ゴジラの平成期は昭和期より劣り、仮面ライダーに至っては平成期は昭和期からすれば言語道断だ!といった具合です。

現在になっても未だに強く主張する方もいらっしゃいます。それはそれで良いとは思います。やはり自分のこだわりは捨てたくない気持ちは分からないでもないです。

けれども「現在」を攻撃することはいただけません。当人は意見や指摘といったつもりかもしれませんが、現状を盛り上げているファンが後世へ繋げていることは間違いありません。
自分の趣向のみから製作を阻むような意見と、支持する者の見識不足をあげつらう真似はどういったものか。怪獣といった巨大特撮を知らないなら、仮面ライダーなどの等身大ヒーロー特撮も語れないとするは極論すぎます。

以上、偉そうに書いておりますが、やはりここで書いている人も老害タイプでしょう(苦笑)この頃はたまに知らないまま書いているな、と思わせるライターに当たります。特に巨大特撮系に多いような気がします。
ただ一方で自分の趣向に固執するままに執筆された本を読むと疲れます。これだけ平成期の作品が再考されているにも関わらず、まだ叩き続けずにはいられないさまに、ぐったりです。研究書として時間を割いて付き合った読書です。本が売れなくなった、というのは時代や生活形態の変化もさることながら、内容といった無視できない一面もあるように思えます。

仮面ライダーも令和に入りました。平成から連綿と続いており、実は単なる時間の経過でしかない。昭和の作品を劇的に変えて復活させた平成で始まった特撮の作品群に比べれば、だいぶ穏やかな入り口に見えます。

仮面ライダーゼロワンは平成ライダーを更に押し進めた作品である。確かにそう思いますし、実際の製作体制もいっそう進化させているようです。

仮面ライダーゼロワンは出だし好調の完成度高い作品として、このタイミングで生まれるべくして生まれたものであり、「令和」は第1弾となったのはたまたまで、意義まで感じる必要はないか、と捉えていた部分がありました。

仮面ライダー雷。前回に飛電インテリジェンスが管理する通信衛星ゼアのメンテナンスをこなすヒューマギア雷電の内実は、滅亡迅雷.netの手先にされていました。そして敵側の仮面ライダーとして変身し、或人たちへ立ちはだかりました。

今回第15話にて復活するものと確信に近い想いで待ち構えておりました。けれども実際は、前回で倒されたままです。の墓を作る真似事として葬る対象が、暗殺ちゃん雷兄ちゃんときます。

仮面ライダー雷は、1話きりのようです。「1話きり」劇場版やスペシャルならともかく、テレビ放映においてこれまであっただろうか。さまざまな事情を踏まえながらも、主要キャストに絡む仮面ライダーが単発で終わってしまう。
仮面ライダーというより敵怪人に近い風貌のシザースでさえ、ワンエピソードながら、2話に渡っており、前振りを含めれば3話までカウントしてもいい。
仮面ライダー雷のビジュアルは、それこそ主要ライダーに並びます。それを惜しげもなく投げ捨てられる。こちらが当然と思っている概念で仮面ライダーを抱えたりしない。

これまでイメージしていた仮面ライダーで臨んではならないのかもしれない。

これまでにない展開を見せられる衝撃。その最たる仮面ライダーといえば『クウガ』でした。今までとは全く違う設定に世界観、そしてストーリーでした。

まるきり何もなかったところから、新たに立ち上がった平成初のクウガと令和初のゼロワンでは状況が違います。あくまで平成期があってこその世界観です。
それでもゼロワンという作品は、平成期にはなかった令和としての構築が行われているようです。ここから新たな息吹を起こそうとしている気概が伝わってきます。

現在のところ好評を以って迎えられているゼロワンです。ただそれも、いきなり登場となった平成第1弾の時期であったならば、完成度に関わりなしで「叩かれて」いたでしょう。
ファンの楽しみ方において既存が新規を潰すようなことがないよう、自分に対しても注意していきたいものです。

それに今回における衝撃は自分の思い込みが外されたことだけではありません。

あれほど無敵感がハンパなかった仮面ライダーが活動を停止します。倒したのは、かつて倒された不破が変身する仮面ライダーバルカンにするところが憎い演出です。

しかしながらが信じる役目とは、の覚醒であり、アークの意志に従ったまでときます。
アークの意志とは、どこから発するものなのか。地球上の生物にとって人類を排除するべき危険な存在として滅亡迅雷.netへ伝達していたようであります。
唯阿が反論するように、暴論も甚だしい答えを出したアークがどういった経緯でどう生み出されてきたか。そもそも装置とされているが実際のところ何なのか。まだまだ全くの不明ときています。

ここにきて存在感を押し出してきたZAIAの社長である天津垓。仮面ライダーは兵器であるとし、神話や方舟といった神懸かりな言葉を連発してきます。ろくなことを考えていないことは確かだと思われます。次回のタイトルも『コレがZAIA(ザイア)の夜明け』とくれば、黒幕が表舞台へ出てきたとしか考えられないようなネーミングです。
ただ作品がゼロワンです。ZAIAの天津社長が黒い目的を持って行動を開始したとしても、どれほど染まった黒さなのか。平成期以降における、特に大森メインプロデューサーの場合は、敵味方含めて主要登場人物に、まるきりの悪で終始することがありません。

キャラについては、ストーリー同様に余談を許しません。

トラウマの裏返しで無茶に走る不破に、冷徹に見えながら繊細な心根の唯阿が、ここにきてますます際立って参りました。

そして何よりも、或人です。まさかイズが行動を止められるほど破壊され、社内においては役職を引きずり降ろされそうな、まさしく八方塞がりの状態。そこまでハードな展開のなかでも、笑いの場面を作り、ヒューマギアに対して見せる態度は熱くさせます。
イズのために、頭を下げる。兄は所詮スパイだったと切り捨てるの肩を掴んで諭さずにはいられない。

ヒューマギアは破壊されれば常に代替されているようです。あくまでイズ或人の尽力で修理へ持ち込むことが出来たが、通常はなぜ修理の選択がないのか。人間とAIロボの関係性を考慮した倫理的問題からか?技術的な問題とは生産されている時点で考え難いが、断定はまだ早いような気もします。

そして或人を育てたのはヒューマギアだが、では生んでくれた両親とは、一体どのような人物だったのだろうか。

アサルトウルフのプログライズキーは本来なら滅亡迅雷.netのみが使用できるとされていたはずにも関わらず、不破或人まで使用可能となったのは、何かウラがあるのではないか。

ゼロワンの疑問点は考えだすとキリがありません。まだ漏れている点もあるでしょう。
加えて予想として、仮面ライダー雷も1話きりと書きましたが、どこかで復活を果たすかもしれません。

追えば追うほど、混迷を深めていくばかりの『仮面ライダーゼロワン』テレビ放映ばかりではなく映画も追わずにはいられません。