ネタバレ感想【辛口系】家へ帰ろう

今回、取り上げる映画作品について、あまり良くは捉えていません。もし『家へ帰ろう』に感動が止まらなかった、好きだったという方は今回これ以上は先に進まないほうが良いと思われます。

決して観る価値がないなどとは申しません。余程のものでなければ、どんな作品も損などはない。そう思っております。

要は自分次第です。名作ばかり観ていれば、素晴らしい鑑賞眼が得られるわけではありません。規範となるものや美しいものばかりに触れていれば、良い人格が得られるわけでもないことと一緒です。むしろ頑なな方向へ形成されかねない。

絶対的な基準など有り得ない。人にはそれぞれの事情があり、自分なりの物差しから逃れられません。自覚していきたいところです。

つまり当てにならない自分の感性についての言い訳をさせてもらったわけです。こんな風に考える人もいるんだ、ぐらいに捉えてくれれば幸いです。

以下、ネタバレ及び独自解釈による偏見(笑)が含まれますことをご了承ください。製作者などの敬称も略とさせていただきます。

【家へ帰ろう】概要

家へ帰ろう』は2017年10月に公開されたスペイン・アルゼンチンの合作映画です。日本公開はそれからほぼ1年後の2018年12月。これこそ映画バイヤーが買い付けて、ひっそり小規模で公開に持ち込むパターンです。

映画通が好む作品の紹介されるに相応しい手順です。大手シネコンとはまた違った雰囲気を味わえる映画館で観ると、気合いが変わるのは、なぜでしょう。やはりここで書いている人は雰囲気に酔う人なのです(笑)

当作品の原題は『El último traje』スペイン語だそうです。
小規模公開の外国作品なせいか、吹き替えがありません。英語なら多少なりとも分かるところがありますが、この作品は耳から入ってくる言葉は何が何やら。さらに様々な言語が混じるので、まさしくチンプカンプン。大陸というか、ヨーロッパを感じます。

味わい深い小品として、概して評判の良い作品です。レビューも好意的な評価で占められています。

当作品を純粋に楽しむならこれ以上は進まないほうがいいです。本来の感動を損ないかねません。
この後はひねくれものレビューになります。ここで引き返すことも、また勇気です(笑)

【家へ帰ろう】好意的ではない感想

主人公は、88歳という老人。仕立て屋を営んでおり、どうやら右足が悪いよう。どうやら老人ホームに入れられる前日といった模様である。

その前に老人は思い出とばかりに、孫たち全員と写真を撮りたいらしい。けれども孫の一人である少女が写真が嫌いという理由で加わらない。老人は一緒に撮りたいがため、説得へ向かいます。
少女は撮影に加わる理由としてiPhone購入するための資金獲得交渉に出てきます。最初の希望額に届かないまま妥協した少女に、却って老人は残念がります。けれど実は少女が最初に提示した金額こそ、高すぎた額であり、折れた金額を以てなおiPhone購入しても余るくらいなのです。

この後、老人は仕立てたスーツを友人へ渡すためといった理由を立てて旅に出ます。ゆく先々で、値切るためならばどんなことでも言います。嘘が吐けるわけですが、戦争で何もかもを失い故国を離れた人物が生きていくための処世術として頷けるところです。綺麗事だけでは生きてはいけません。

その一方で孫たち全員と何が何でも写真を撮りたがったり、自分に「愛してる」などと白々しいことは言えないとした末娘と勘当したりします。
金にはうるさいが、金では買えないもののを家族へ強要しているように映ります。家族だからするべきという態度は、不仲を呼ぶ最大の要因となります。家族だからこそ、甘えと横暴は紙一重です。

老人ホームへ入れる娘たちは酷い、という声もありましたが、やはり一緒に住むには難しい性質の老人です。

老人はホロコーストから逃れたユダヤ人です。目の前でナチス・ドイツによって父親や叔父が虐殺され、妹が連れて行かれました。過酷ななか生き延びてきたゆえの一般では計れない歪みを抱えています。他人はおろか家族でさえ推し量れない痛みが人格の骨格を為しています。

扱い難い老人は体験から形成されたリアリティ溢れる人物像です。

旅の途中で金銭を盗難されてしまい、勘当した末娘に会いにゆく。やはり昔のことを蒸し返せば、意見は平行線。けれども老人の財産整理において、勘当したはずの末娘にまで分与が渡っていた。子供たち同士は仲が良く、親の財産を少しでも多く掠め取ろうとする者は姉妹のなかにはいない。
老人の子供たちは、父親の生き方と異としているのである。末娘が大人の対応を取れなかっただけで、むしろ上の娘たちの方が嫌っていたのかもしれない。
盗難で無一文になったことで、お金を借りにいくことをきっかけにして末娘との和解が望ましかったが、ここで老人は致命的な失敗を犯す。ここでも最初に必要額の倍以上を口にしてしまう。愛情を求めながら、結局はカネだと捉えられても仕方がない、やり口を見せてしまう。
最初に示された額より半分になった金額を末娘は渡したようだ。けれどもそれこそ手切れ金としか言いようがない結果になってしまう。

この辺りのくだりは非常によく出来ています。主人公の老人並び取り巻く家族像がリアリティから立脚している。

この映画は現実感の前提があってこそ感動が出来る。そう捉えるか否かが、評価というより受け入られるかどうかへの分かれ道です。

老人が行く先々で会う人々が親切です。
飛行機搭乗において隣りの席にいた青年。老人の嫌がらせに屈し、どこか別の席へ移動する羽目になりますが、入国の際に手助けを受けます。その恩返しとばかりに行動へ移るのは分かります。
分かりますが、老人の求めに応じていつでも車を出します。そこまで恩義に応えるほどではないように思われます。むしろそこまで付きまとえる理由が欲しいところです。不明なので、人並み以上に義侠心が厚かったとしか解釈しようがありません。

老人がユダヤ迫害の実体験者であることから、どうしても許せないドイツ。この国を通ることさえ避けたいくらいですが、目的地であるポーランドへ列車で行くには通らざるを得ない。しかも乗り換えで、ドイツに足を降ろさなければいけない。
金銭的など実情が他の選択肢を許さないが、それを助けるのが老人が拒むドイツ人の女性。献身的な行動により、老人も頑なな心を開くことになる。人類学者という立場から、使命感に近い想いへ駆られたか。そう考えるほかない、老人へのこだわり方なのである。

ポーランドへ向かう列車の途中で病状の悪化で意識不明に陥る老人。目覚めた時はポーランドの病院のベッドの中である。どうやら命を取り止めたようであり、担当の看護師は感じのいい女性だ。何でも手助けすると言ってくれば、本当の目的地であるポーランドのウッチへ連れていくように頼む。
次の場面で、プライベートで出してくれたとしか思えない看護師の車に老人が同乗しています。死の境をさまよった老人からの急展開は唐突感が酷いです。連れていくのが看護師の女性ですから、体調不良なはずはありません。外出できるほど回復したこと自体が奇跡に近い状況なはずです。
入院すれば、体力は落ちる。特に年齢が高くなればなるほど、入院することで身体の弱り方が顕著になります。入院した経験がある者ならば常識です。

この映画は、端折りすぎなのです。映画的都合を了承してもらう前提でストーリーが展開していく。主人公の人物設定はリアリティに溢れているが、物語の進行上で関わる人々は全てが良心的な態度で接してくれる。主人公が現実的であるがゆえに、旅先で関わる人々の普通ではあり得ない親切ぶりが浮き立ってしまう。

ラストは、老人が辿り着いた家で、目的としていた友人と再会を果たす。70年ぶりに抱擁するシーンは、ぐっときます。それから友人が老人に「家へ帰ろう」と誘なわれるまま、かつての家へ向かっていくところでエンディングへ向かっていきます。

最後がとても良い映画であります。観客の多くが感動するものであり、評価されている作品です。

ただ近年の「感動作」と各方面で評判されるほど、実際からずれているように見えてならないのです。特に現実を踏まえて構築しているとした作品ほど違和感を感じてしまう。
ここで書いている人の近頃における傾向だと思ってください。作品主人公の老人が偏屈だと評しましたが、自分もまた同様なのです。

非現実な世界観のなかに現実的な示唆が見出せる作品のほうが好みである。自分のそうした点を再確認する鑑賞となりました。