ジオウ最終回直前!【仮面ライダージオウ絡みで平成仮面ライダーの思い出語り その8】ゲスト出演仮面ライダーを斬る・・・ほどではありません

このブログもおかげさまで半年になります。

当初は酷かったが、どうにかこうにか少しづつ形になってきたか。いや〜、まだまだ。ここで書いている当人が思うように改善されているのか。むしろ酷くなっていたりするかもしれません。

悪いとする端的な例を挙げるとしたら、今回の『ジオウ絡みで思い出を語ろう』としたシリーズでしょうか。平成仮面ライダーの集大成作品です。これに乗っかって、自分の思い出を簡単にブログにする。

簡単・・・ニンゲン、物事を安易すまそうとすれば酬いがあるものです。客演した順に放送当時の思い出を語るはずが、ジオウ内で放送されたストーリーへ心がいってしまいます。思い出どころか、現在進行形になったりします。取り留めなくなっていきます。

やばいな、と考え出したら、もう最終回が間近となりました。ここまで来たら、もう開き直るっきゃない。開き直ってばかりじゃん、という感じもしますが時間もありません。
さらにテキトー、もとい気軽に触れるだけ触れようと思います。

次作『仮面ライダーゼロワン』は、追っかけよう!そうします(笑)

以下、ネタバレあります、独自解釈による偏見もあります(笑)どうか、ご了承のほどを。製作者などの敬称も略とさせていただきます。

アクア【EP44〜46】悲しいぞ

仮面ライダーアクアはカッコいい。
それは姿形といったフォルムの話しではなく、変身シーンが!である。
完全に仮面ライダー1・2号を意識したベルトに、その音。シリーズ重ねれば特徴を出さねばらず、派手になっていくなかで、アクアはこれ以上にないシンプルなベルト音です。映画のみの登場であったせいで、玩具展開も高い目標に設定せずに済んだおかげだったかもしれません。
ベルトが回るのも、水を巻き込む形。風で回す初期ライダーをリスペクトするのが未来の仮面ライダーとしたところにセンスを感じます。

仮面ライダーアクアである湊ミハル。怪人に乗っ取られるほど、気が弱いヒーローらしからぬ気質の青年でした。それがオーズの世界にきて、映司の姿に励まされて、真実の意味で仮面ライダーへなっていく。

ジオウの登場回において、パンツを出して勇気を貰ったとして変身する姿は心憎いばかりである。出演も2回に留まらず3回まで渡る。
アクアが登場した『仮面ライダー×仮面ライダー フォーゼ&オーズ MOVIE大戦MEGA MAX』は個人的にもお気に入りなので、ジオウにおいて多めの出演は嬉しかったのですが・・・末路が哀れな結果になってしまいました。

最終回でフォローされるだろうか?不憫なまま終わるだろうなぁ、と予想しております(笑)

エターナル【EP45・46】キメました

坂本浩一という監督を意識したのは、いつぐらいか?
2009年公開『大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説 THE MOVIE』で初めてその名を認識しましたが、作品としては特に坂本浩一である必要を感じませんでした。

おおっ、この監督は凄い!となったのは翌2010年公開『仮面ライダーW FOREVER AtoZ/運命のガイアメモリ』です。これを劇場で鑑賞した際の感動は忘れられません。
平成第1期仮面ライダーを担当した監督が持っていない才能を見た想いでした。シャープさやこだわり方が従来にない感覚をしている。

その映画の盛り上げに大きく貢献したのは、不死身の傭兵集団NEVERであり、そのリーダーであり仮面ライダーエターナルに変身する大道克己です。敵役は存在感が大きければ大きいほど良い、といった好例の作品となりました。

仮面ライダーエターナル。ジオウにおいても「最凶ライダー」の名に相応しい存在感を放ちます。「地獄を楽しみな!」などのセリフに代表される、以前を彷彿させるカッコ良さ。ヘタれライダーとされるアクアと互角だったのはご愛嬌といったところか。ここは素直にアクアが成長していたからか。

いやいや、そうではなかった。ジオウによってエターナルが存在し続けるアナザーワールドが消された時に、克己は言う「おかげで俺は、俺だけを蘇らせた世界を消すことができた」本意でなかったため、本来の実力を出していなかった可能性があります。
それを裏付けるように最後の最後。ヒビが入っていく身体で親指をサムズアップの形で「これで、仲間の元へ逝ける」。
消滅していく姿に、痺れずにはいられません。

立ち寄ったレンタルの3店舗(少なっ)において『仮面ライダーW(ダブル) RETURNS 仮面ライダーエターナル』が全て貸し出されていたことは納得のいくところです。

カブト【EP37・38】唯一の不満

特撮の作品は、よく突っ込まれる。現実的におかしいとされる部分をあげつらわれるわけだが、ファンは違う。おかしな点こそ別の解釈方法があるのではないか、実は裏に秘めた設定があるのではないか。妄想なんなりして、自分の都合良い方向へ考える。これこそファンの醍醐味だ!と思いたい。

だから少々苦しくたって、受け入れる。ロジックより熱が大事である。辻褄なんか合わなくても、おもしろいと思わせてくれればいい。

どさくさで言わせてもらえば、恋愛モノこそファンタジー度合いが強いと思うが、いかかがだろうか?自分からすれば、舞台は現実そのものだが起こり方があり得ない。恋愛ドラマになると、怪獣やヒーローが現れるよりもっと非現実的な事柄がまかり通るから不思議なものである。

話しを戻して、矛盾点は仕方がない。めちゃくちゃでもいい。ただし、淡々とダメな方向へ持っていく。どこが盛り上がりか解らないまま、唐突に終了する。これは勘弁してもらいたい。

脚本家に、米村 正二の名があると構えてしまう。そのきっかけが『仮面ライダーカブト』のメインライターからでした。
決してこの脚本家を全否定するものではありません。いくつか好きな作品を生んでおり、まるきりダメならこんなに複雑な心境にはならない。仮面ライダー関連やここ近年は極端に悪かったりする。残らない作品になる危険性を匂わせる脚本家として警戒するようになってしまったことが残念である。

仮面ライダーカブト』は、おもしろかった。ただ脚本がもう少ししっかりしていてくれれば、と惜念が尽きない終わり方となりました。デザインのカッコ良さ、人物キャラクターの出来から不遇とも言える作品です。

一度不遇な目に遭うと、いつまでも付いて回るのか。
ジオウにおける登場回において、本放送では満を辞して登場したガタックカブトより劣るという設定が為されていました。ジオウの世界における登場であり、目くじら立てるほどのことではないかもしれません。
けれどもガタックカブトに成りきれなかった者が装着したような流れは、やはり淋しい。もし『仮面ライダーカブト』に愛着があったなら、ガタック本来の変身者である加賀美カブトへなる経緯を他にいくらでも見出せたのではないか。

ジオウにおけるゲストライダーの扱いで、唯一不満を抱いたエピソードとなってしまいました。

ただし数多くの濃いキャラクターがいる作品でもありました。

地獄兄弟におけるエピソードは、とても良かった。
時を経ても忘れられない絆。なんとなく気づいてはいるものの「兄貴」は「弟」の策略に乗ってしまう。結局はまた独りに還るわけだが、去り際に残した「笑えよ」の言葉がとても悲しい。

兄貴こと矢車想(やぐるまそう)を演じるは、徳山 秀典(とくやま ひでのり)。13年ぶりの再演ながら、演技どころか容姿も雰囲気も全然変わらない当たり前の凄まじさ。普段からストイックでなければ、維持することは敵いません。
13年ぶりの矢車でさえ、以前と変わらないままです。況してや『炎神戦隊ゴーオンジャー 10 YEARS GRANDPRIX』ゴーオンゴールドを再びですが、こちらはたかだか10年くらいで朝飯前といったところでしょうか。

徳山秀典で追っかける見方もまた楽しいものです。ということで、最後は仮面ライダーから逸脱です(笑)