仮面ライダージオウ絡みで平成仮面ライダーの思い出語り その7】仮面ライダーアギト#どうせならここまで見せてーな

シリーズ第7弾です・・・大声で言えない「7弾」です。
このシリーズ、平成ライダーの集大成である『仮面ライダージオウ』にのっかる形で「思い出」を語っていく。とても個人的な取り留めない中身になります。
個人的思い出の整理といったシリーズです。
だからせめて系統立てて残しておこう。当初はきっちり行っておりました。

が!放送を追っていくうちに流されてしまいました。やはりというか、観れば心揺さぶられます。だんだん放送回に目がいきます。ただの思い出だけで済まなくなっていきます。

すっかり内容が一貫しないシリーズとなりました。もし変わらないとすれば「とりとめがない」といったところでしょうか。けれどそれを言い出すと、このシリーズに限らず、このブログ全体に及んでしまいます。ホント、すんません(笑)

以下、ネタバレあります、独自解釈による偏見もあります(笑)どうか、ご了承のほどを。製作者などの敬称も略とさせていただきます。

客演

過去のライダーが出演して欲しいと、どうして思うのか?結局は・・・と思い到らせてくれたのが、アギトのゲスト回でした。

ファンとは贅沢なもの。客演は嬉しいが、現在進行中の主人公をおざなりにされては本末転倒だ。現在において放映されている作品内容を優先すべきである。であれば、客演の扱いもほどほどにしておくべきだろう。

端的な例として、ニュージェネレーションヒーローズと銘打たれた近年におけるウルトラマン映画である。
俺は等身大ヒーローが好きなんで、巨大モノのヒーローなんて知らねーよ!という方がここを読んでいるかもしれません。両者の間に深い溝がある、という論説があるのも聞いております。
でも、大丈夫!
好きなれない、嫌い、知らない、興味ない。いずれでも反応するということは心に引っかかているということ。何かの拍子で、という可能性があるかもしれない。むしろ好意的でなかったからこそ、ハマってしまうことはままあるものです。

異世界ものなんて、と思っていた時期がありました。けれども、おもしろいものはおもしろい。結局はジャンルではなく、その作品自体が自分に喰い込んでくるのか。期待がない分、むしろ素直な視線で対せたからハマってしまう。分からないものです。

へぇ〜、ふーん、悪くないかもね。この手で返してくる興味が全くないではなく「向けない」人たちこそ、どうにもならないのです。愛の反対とは憎しみではなく無関心である、といったマザー・テレサの言葉はヲタにこそ向けられていると思っております。

ええと、ニュージェネレーションヒーローズにおけるウルトラマン映画の話しでした。こちらは一族経営によって借金だらけにされた制作プロダクションが立て直しを計ったプロジェクトの一つと言えます。製作の意図として過去のキャラクターで売り上げを立てることは必須の条件です。新作は予算を抑えるためにも使い回しは余儀なしです。
映画というある程度の収入を見込むために、スペシャルなゲストは惜しみなくです。ただでさえ上映時間が絞られているところへ、歴代キャラクターへ出番を与える。内容に支障が生じるのは仕方がないことなのかもしれません。
だからか。ウルトラマンの映画は次第にゲスト出演の数が抑えられていく方向へなります。現時点における劇場版最新作においては、ついに出演は前作のウルトラマンだけとなりました。

一方、平成仮面ライダーのゲスト出演の経緯も複雑です。
1作品ごとに世界を改めていくことから、作品同士の繋がりは見えません。シリーズ化してもそれぞれで交わることがない昭和仮面ライダーとは様相が違っています。特に第1期に当たるクウガからキバまでは完全な独立作品でした。

ただ兆候として2008年4月劇場公開『劇場版 仮面ライダー電王&キバ クライマックス刑事』平成ライダー初の最終回後を描き、また別作品のライダーがクロスオーバーする初めての作品であります。元々が「Vシネマ」であったものの諸事情で劇場公開となったそうです。たぶんですが、初の他作品ライダーの共演に対する期待が事前において実感できたこともあったのでしょう。第1期平成ライダーの集大成となるディケイドへの弾みにもなったはずです。

ディケイドとしては、過去ライダーの共演は果たしていくものの、基本オリジナルキャストでないといった独自の世界を構築しています。ただ放映時に公開された『劇場版 仮面ライダーディケイド オールライダー対大ショッカー』の空前なるヒットと、テレビ最終回の続きとなった『MOVIE大戦』もまた大ヒットし、平成ライダー同士における共演の道が模索されるようになります。

それから平成ライダーの映画は「新たな仮面ライダー」紹介が必ずと言っていいほどになります。第1期と第2期と分けられる間には、作品を取り巻く状況へのアプローチへ差異があります。第1期は一作品自体を煮詰めていく方向だったのに対し、第2期は後続を前提にした要素をイベントごとに披露していく。映画が単独ライダー作品だけ済まなくなります。

しかしながら、それが悪いこととは思えなません。やはり過去のライダーが客演すれば、それだけで嬉しくなる。やっぱり気を入れて観ていたヒーローの登場はストーリーを横に置いてでも、見せ場として盛り上げて欲しい。

但し、である。かつてのヒーローが出るだけ。多数登場したうちの一人に過ぎなかっただけ。ともかく「仮面ライダーの顔は出しました」というのが、がっくりというか、なんとも悲しくなる。

【仮面ライダージオウEP31/32】アギトの回こそ!

単なる仮面ライダーが出て戦っているだけ。それくらいならば、むしろ変身しなくてもオリジナルキャストが出演してくれたほうがいい。
『仮面ライダージオウ』はそうした点に気づかせてくれた作品です。主人公はジオウであるソウゴと、それと共に行動するゲイツウォズであり、あくまでストーリーを運ぶための客演である。だから肝心なところで変身しないどころか、変身すらしなくても、かつてキャストそのままで演じられる。それだけで充分だ。

以上、そうやって思い込もうとしていた節がある。大人になったヲタの悪いくせである(笑)

アギトが登場する回になった。
主人公こと津上翔一は海外でシェフの修行をしているが、ヒロインだった真魚の連絡に帰国する。「レストランAGITΩ」は存在しており、またG3ユニットは健在だ。

『仮面ライダーアギト』内で既に存在していたアナザーアギトはオリジナルのまま、ジオウに登場してくる。味方ばかりでなく敵まで懐かしい姿のオンパレードである。

翔一は記憶を失くしていた過去を踏まえて、ジオウのヒロインを勇気づける。現在放映中の登場人物を励ます重要な役割を演じたことで、これまでにおける番組内の流れを見てお役御免となっても納得するところである。

ところが翔一がG3ユニットを装着してやってきただけでもサービス満点であるのに、ここぞという場面においてである。仮面ライダーアギトに変身し、流されるは当時の戦いにおける歌唱曲『BELIEVE YOURSELF』興奮せずにはいられない。

なんてことはない。結局のところ、当時のカッコ良さを再現して欲しい。そのためにストーリーを組んで欲しい。本音は作品の質よりも、思い出をより際立たせてくれる演出を望んでいたのである。

まったく偉そうなことを言えない己れの姿を再認識である。出演者が歳を取っても、以前と変わらないカッコ良さ。放映時を思い起こさせる演出。やっぱりこれが一番に見たかったのだと、素直に思った。

それを32回目の話数で確認させれくるとは!平成仮面ライダーは、その最後の作品に至ってまで恐ろしい限りである(笑)

ところで思い出補正として、今回の「翔一くん」と「真魚ちゃん」。
確かに年齢は重ねた姿になれど、雰囲気は当時のまんまな二人である。現在における二人の関係性は明言はされなかった。
なぜ、明言されなかった?ならば想像するしかない。
真魚の連絡一本で帰国する翔一である。それは翔一だからという理由でも成り立つ。
しかしながら、である。もう真魚はすっかり人妻感満載である。そんな真魚と気軽に連絡を取り合い、尚且つ翔一のレストランを守っている。お互いに呼び名は「翔一くん」に「真魚ちゃん」ときた!なんだよ、付き合った時のまま、いや出会った頃のままでいる夫婦かよ!
断定はできません。出来ないのだけれども、そうなんだろっ!としたい、あるヲタファンの妄言なのでした。