映画【真田十勇士】特撮ヒーロー好きからの感想

歴史が嫌いだという友人がいる。正確には、日本史の教師が嫌いだったという話しである。学生時代の思い出として、未だに語り継げるからネタはどこに落ちているか分からない。

個人的意向から歴史嫌いの友人は主張する。なんで目の前で確認していないことを断定できるのか、徳川家康なんていなかったかもしれないじゃないか、居たって伝えられてきただけだろ、と。

昔は笑っていたが、現在はそうでもない。今こうして報道されているニュースでさえ、真実かどうか不明なくらいである。徳川家康だって、実は影武者が取って代わっていたという物語りもまた嘘ではないかもしれない。

荒唐無稽は作り話よりも現実のほうこそ起こりやすいものである。だから歴史こそ、正史を裏返したあれこれを想像して楽しめる分野である。

さて、歴史嫌いの友人は理系方面へ、技術開発者の道へ進んだ。数字やデータといった物事のはっきりする仕事がやはり性に合う。そして日本史の教師を見たてて、確認もせずに自信たっぷりに断言する職場の人物をもっとも嫌うようである。

以下、ネタバレあります、独自解釈による偏見もあります(笑)どうか、ご了承のほどを。製作者などの敬称も略とさせていただきます。

【真田十勇士】舞台から映画へ

2016年9月に劇場公開された『真田十勇士』原作というべき舞台が2014年に上演されています。この舞台におけるスタッフやキャストをほぼ大体を連れてきて映画を製作します。当作品にどっぷり浸かったまま撮影に入れる好い体制です。

舞台及び映画の監督は、堤幸彦。シリアスからギャグまで、なんでもござれといった監督です。日本の映画界において職人と言えるほど作品をこなしています。けれども「大傑作」「絶賛の嵐」を受けるほどの作品は見当たりません。
どんな作品でも、それなりに仕上げてしまう。器用貧乏な部分が多少なりとも作用してしまっているのではないか。

そつなくまとめてしまう傾向がある監督には、突飛な企画を任せたい。元々がぶち破れているならば、それを疾苦八苦して観せられる作品にしようとする作業がケミストリーを生むかもしれない。成功すると、万人受けはしなくても、とても感銘を受けた観客を特定数獲得できる。

むしろ堤幸彦は飛び抜けた感じがする作品のほうが真価を発揮するのかもしれない。『恋愛寫眞』や『天空の蜂』も悪い出来ではないというより、なかなか良い感じで仕上げている。けれどもこの監督が担当してこそと思わせるのは『トリック』『SPEC』シリーズに見られるような「いかがわしさ」を孕んだ作品群ではないか。

と、ここまで偉そうに言ってきましたが、堤幸彦監督作品で一番のお気に入りが『大帝の剣』へ行き着くだけの、単なる個人的な趣向を述べてきただけです。だから『真田十勇士』は気に入るわけである。

【真田十勇士】出発はヒーロー

映画『真田十勇士』の原作は舞台だと言ったが、もちろん厳密な意味においては物語りである。『真田三代記』という「真田幸村をヒーロー」に仕立てた講談から派生したスピンオフとも言える。なにせ『真田十勇士』が刊行されたのは大正時代。長い歴史から眺めれば、それほど遠くない昔に出来た「お話し」なのである。

出発からして、痛快娯楽。そしてキャラ立てを何より重んじている。乱暴な言い方をすれば、時代劇の設定を借りただけである。

そこに展開されるのは合戦といった立ち回りを、ヒーローが繰り広げる。複数のメンバーによる戦隊モノの様相もあれば、歴代ライダーが勢揃いしている観もある。

何よりエンターティメント作品のストーリーつくりにおいて重要な「捻り」を入れている。歴史的事実を曲げても「面白さ」を優先した構成にしている。観客を楽しませることを第一にした作品なのである。

デート、もしくはファミリー向け映画である。だから「歴史を扱っていながら中身が薄い」を理由とした低評価は当てはまらない。

【真田十勇士】ケレン味

映画の開始は、アニメで始まる。観る作品を間違ったかな、と思わせるくらい良く出来ているものを延々と流される。それが真田幸村へ猿飛佐助以下の勇士が揃うまで続く。けれども、ここで全員が揃うわけではない。

『真田九勇士』とタイトルコールしてくらいである。後に10人揃うことで、改めて『真田十勇士』とタイトルを出してくる、最初から度が過ぎた遊び心が満載なのである。

おふざけがすぎるくらいがちょうどいい、となれるなら、この作品は楽しめる。
そしてそのギャップとして、後に待つ展開。
10人目のメンバーは、主君の影武者として加えたにすぎない。気を良くして誘われたはずが、実はいざという時の捨て駒でしかなかった。
仲間うちにも裏切り者もいる。けれども最大の裏切りは大阪に武将が集められたのは、敵対しているはずの家康の意向を受けてであった。徳川の安泰のため不平武士を一掃するため仕組まれた大阪の陣であった。

負け必定となる大阪城の外掘りを埋めたことは、大阪の陣における最大の謎とも言えます。徳川が用意した最新の砲撃にびびった淀殿に押し切られたとするより、やはり内通者がいたとした説がしっくりくる人も多いでしょう。でも世間知らずのトップは何を仕出かすか分からない、といった体験をした身としては、そんな理由かよ!もありだと思っています。

まったく歴史は想像するしかありません。

合戦シーンは壮大でありは迫力があります。そして次々に仲間たちが散華していくところもまた大阪夏の陣を描くうえで欠かせない事柄です。真田幸村をどう設定するにしろ、その魅力は「悲劇性」へ至ります。

歴史的に見て、敗軍の将を時の権力側が持ち上げる場合、何かしらの意図を持っています。大阪城もろとも豊臣家を潰したやり口は、徳川としてかなり後ろ暗かったのでしょう。時が経てば経つほど仕出かした酷さが鮮明になれば、誤魔化すために「真田幸村」を持ち上げざるを得なかった。

真田幸村と喧伝されるようになった真田信繁が、どれほど優れていたか、どれくらい勇猛だったか。それもまた想像の域を出ないのかもしれません。

敗者であったことは紛れもない事実。悲劇のまま終了してもおかしくないが、そこは『真田十勇士』ケレン味ある切り抜け方で、意外に多い人数が生き残る。

生き残った者たちが大海原を帆船で行く。主人公の佐助は秀頼(実は影武者をしていた十勇士の一人)に気遣いをみせ、仲間のラブコメに巻き込まれる。そして伸びをするように吐くセリフが「何がウソか本当かわかんねえな!」幸村を本当に出来ずに敗死させてしまった悔恨を、佐助らしい表現で締めていく。
と、思いきや!エンディングの紙芝居で、その後が描かれます。あちこち巡って仲間を集めては、今度は島原の乱で再び幕府と相対する。

最後の最後まで遊びをやめなかった作品です。賛否に分かれ、一般的に気に入る人は3割ぐらいかの気持ちで観るといけるかもしれません(笑)