『ウルトラマンR/B セレクト 絆のクリスタル』発売記念【ウルトラマンR/B総括】#何度でもやります

えっ、またですか? またです。
また『ウルトラマンR/B』を取り上げます。新規なネタがあるわけでもありません。もう何回やったか?もしかして重複する内容があるかもしれません。
しかし記事を読み返すといった過去を振り返る真似はしません。それでいいのか、と言われれば良くないですが、このネタは自分のためのものです。ただ心ゆくままに書きたいため、現在の自分を大事にしたいと思います。

2019年7月26日に『劇場版 ウルトラマンR/B セレクト 絆のクリスタル』が発売されます。それが楽しみで逸る気持ちを抑えるためと、もしかしてちょっぴりでも宣伝になってくれれば嬉しい限りです。

そして、まだ『ウルトラマンR/B』の外伝を諦めておりません。

以下、ネタバレあります、独自解釈による偏見もあります(笑)どうか、ご了承のほどを。製作者などの敬称も略とさせていただきます。

テコ入れ示唆

ウルトラマンR/B』ばかりでなく『快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー』にも言えることだが、最初から期待が高かったわけではない。むしろ前作よりも不安が大きく、そして諦めてもいた。
シリーズの宿命で、飽きさせないため新規軸を打ち出さなければいけない。それが常に成功するとは限らない。時には失敗がシリーズを活性化することがある。

ルパパト』においては「VS」にしている意味があまりないように感じていた。両戦隊が対立の立場にある以上のおもしろさが今ひとつ伝わってこない。真実の意味で立場が異なる戦隊の魅力が発揮されたのは、終盤に入ってからではないか。個人的には、そう想っている。

ウルトラマンR/B』を同じ流れとするには乱暴かもしれないが、観ていくうちに分かってきた。だから当初はネット上で叩きにあっている記事にあっても、自分の反応は作品にではない。叩いている人たちのほうへ関心が向く。数話だけで結論下して大丈夫かい?そう言いたくなるが、そう思うことが自分自身への戒めになった。ありがたいことである。どんな意見でも自分に活かせるようしたいものである。

緊張感がない、ウルトラマンである意味がない、コメディにしてどうする!

兄弟のウルトラマンは弱々しく、ほのぼのした家族のやりとりに、敵であるアイゼンテック社長はコメディアンかといった具合である。

従来から外れた作風に批難は激しかっただろうし、前半はさほど盛り上がっていたようにも見えない。プロデューサーのインタビューを読めば、路線変更を具申していたことが分かる。
もし現場が受け入れて、シリアスな雰囲気へ舵を切っていたら、どうだっただろう。もしかして『ウルトラマンR/B』が持っていた本来の重さが伝わりやすかったかもしれない。根底にある悲劇性がすんなり提示されたことだろう。
けれどもそれでは「作品の底」が浅くなる恐れがある。

うまくやられた6・7話

全てを観終わって気づくことが多いのも『ウルトラマンR/B』の特徴だ。

ホームコメディとされる雰囲気を作った核は湊家の父であるウシオ、そして明るい家族の象徴と言える天真爛漫の妹であるアサヒ。この湊家の愛される末娘の存在について、愛染社長や美剣サキが初対面において疑問を呈してくるが、初見においては深く考えることなどしなかった。観ているこちら側が気にかけ出すのはウシオアサヒの存在を疑い出してからである。

それから再視聴すると、いろいろ疑わしきは出てくる。

個人的に最も端的な例として、6・7話を取り上げたい。
第6話のタイトルが『宿敵!あねご必殺拳』である。コメディ極まる題名に、登場する宿敵の呼び名は「コマねぇ」しかも湊兄弟と、あっち向いてホイ!の対決ときた。その後は愛染社長の卑劣な策謀があり、それを打ち砕くウルトラ兄弟の攻防といった定石に落ち着いたコミカルな回。最初に観た時はそうだった。
コマねぇがフードを被った占い師みたいな格好で初めて現れた際に、家族の人数について言い直している。鋭い人ならば、このシーンで気づいただろう。ここで書いている人は鈍いので、コメディの先入観でちらりと考えても、番組を観終わる頃には綺麗さっぱり気にもかけていなかった(笑)
これが再び観直すとである。コマねぇが人数を言い直すきっかけになる、アサヒのゆっくりした瞬き。その際に見せた表情は能天気なほど明るい普段からは想像もつかない、幼さが消えた顔つきだ。ドキリとしてしまうシリアスさを見せてくる。
アサヒという役柄を、其原有沙が演じてくれたことは誠に大きかったと思わせてくれる瞬間である。

第7話は『ヒーロー失格』前回よりはシリアスそうなタイトルだが、作風は相も変わらずである。ウルトラマンロッソが怪獣から肩を叩かれたり、ビンタを喰らったり。戦闘シーンと呼べないほどのコミカルさである。
ただ内容は、恐怖心のためウルトラマンブルになれないといった、ヒーローものとしてはハードな題材を扱っている。ここで『ウルトラマンR/B』において、コミカルな作風に惑わされていけないと気づかねばならないところだ。だが自分はツルちゃん(美剣サキ)が登場するまで無理でした。ダメですね。
恐怖心を克服する経緯として、兄弟の幼少期における記憶のシーンが出てくる。幼い頃の兄と弟が手を取り合う記憶で勇気を取り戻すところは、定番ながら熱くなる良いシーンである。
ただこの記憶が何歳の頃かという点が気になってしまう。
母が失踪となったのは15年前。兄のカツミは8歳、弟のイサミは4歳、そして申告制のアサヒは2歳になる。記憶にある頃は、母親が失踪してから数年後かと思われる。実はイサミカツミの手を支えられていたということから、失踪直後ではないと想像する。4歳が8歳を支えるのは厳しいと考えるからである。すると歩ける年齢になっていただろうアサヒなら、二人の兄たちにずっと付きまとっていてもおかしくない。兄弟の場面だから除かれていたと考えられもするが、円谷スタッフにはこだわりがある。もしアサヒがいたならば、二人の兄たちのそばに幼き姿があったと思われるのだ。
こうした考えは多少強引かと思われるが、全てを観終えてからでなければ生まれなかった妄想なのである。

ホームコメディなどといった装いは、現在となればミスリードの仕掛けとしか思えない。

映画につながる4・5話

劇場版 ウルトラマンR/B セレクト 絆のクリスタル』の序盤において、ユウハが出てきたのは嬉しかった。出演したのは第5話『さよならイカロス』のみだが、この回だけは他の回と雰囲気が違っていた。ウルトラゾーンなどで見せた田口清隆監督がお得意とする「静謐な空気」が流れる演出である。さらりと、しかしながらユウハの身を案じたくなる哀しい閉じ方だった。
これが劇場版を観てから、再視聴するとである。哀切ある終わりにも「でも大丈夫、この後に湊家へ訪れるから絆は切れない」と安心できる。ハッピーな方向へ考えられるわけである。けれどもそれはテレビ単独エピソードとして捉える分には、感動が半減してないか、と思わないでもない。
しかしウルトラマンR/Bにおいては、ハッピー!こちらのほうが大事である。自分の良いように考えよう、ということだ。

そして何てことはなかったはずの第4話『光のウイニングボール』兄カツミが有望な野球選手だったことを示す逸話だ。けれども周囲を鑑みて、自分を押し殺せる。劇場版を観た後であれば、トレギアという敵が突け込んできた側面を再確認できる回だった。考え方によっては劇場版を観るうえで、今一度確認したいエピソードである。

観返しにおいて、この時点で劇場版を含めた構想になっていたのか。知りたいところではある。

明確な違い、もしくは良いアイディア

ニュージェネのウルトラマンがシリーズとして次への布石を初めて打ち出した作品が、この『劇場版 ウルトラマンR/B セレクト 絆のクリスタル』である。
しかも、その打ち出し方が次作のヒーローではない、悪役ときた!これは平成仮面ライダーでは見られなかったアイディアである。まだまだ特撮ヒーロー番組でも新しいやり方がある、ということである。今後、この分野が活性化していくうえで未開のアイディアが展開されていくことは必須だ。

これから東映がうかうかしていられないほど、円谷には頑張って欲しい。かつては円谷を脅かすべく東映が出てきたのである。巨大と等身大といった違いはあれど、両社が競い合うくらいの状況が生まれれば、特撮ヒーローの未来は明るいに違いない。

だから、まず『劇場版 ウルトラマンR/B セレクト 絆のクリスタル』が好調な売り上げであって欲しい。そしてツルちゃんを中心とすれば、当然ながらアサヒも活躍するスプンオフが作られる。そこまで持っていきたいものである。

因みに、以前に書いたウルトラマンR/Bに関する記事はこちらになります。今も下手だが、前はもっと下手(苦笑)。ただ当時の勢いみたいなものを感じてくれれば、といった具合です。