ネタバレ感想【ウルトラマンタイガ】第3話『星の復讐者』市野・神谷コンビにおけるスタートダッシュ3作目

買って実感できたことがある。
ネットでやり合っているの?ぐらいに感じていたことが、別冊映画秘宝『平成大特撮』によると「トクサツ(等身大特撮)」と「特撮(巨大特撮)」として溝があると明記されていた。

作品へ夢中になるばかりで、ファンの間における動きをつかみきれていない、ここで書いている人です。この状況は興味深くあります。けれども特撮ファン論まではいくか、と言われれば、どうでしょう?

特撮に限らず、受け手側の状況はどんなジャンルにおいても避けられません。作品のみについて語っているつもりが、どこかで自身の体験から基づいた考えが入り混じってしまう。でも意見が全くないのでは、ただの売り宣伝文と変わらないのではないか?う〜ん、難しい。

ブログを始めて、5ヶ月。まじめにブログを頑張ってます!の宣伝です(笑)

そして、あまり真面目でなく「トクサツ」と「特撮」の溝がある問題に対して意見するとすれば、まったく興味のない人からすれば「どっちも同じだろ」と見られている、ですね。文字にすれば違えど、発音は変わらずの「とくさつ」ここで書いている人の体験を述べされてもらえれば、アニメファンからバカにされたことがありました。

「特撮・アニメ」と、一緒くたにされるのが我慢にならないらしい。特撮なんて、アニメに比べればくだらないというわけである。

だから、こんな風に反論するわけである。

評価は各作品において下すものだろ、と。国によって差別してても、これが宇宙規模の摩擦になってみろ。今度は、星ごとによって区別しだすぞ。ジャンルにおける差別なんて、規模の大小に左右されるだけの曖昧すぎる雑な話しだ。個々各々で見極めてもらわないと、一緒くたで主張されても、ハイそうですかとはなりませ〜ん。

酒の席ならば、偉そうにぶち上げます(笑)

でもね・・・ジャンルで区別するなと言いながら、ここで書いている人は「テレビドラマ」は余程でなければ、観ません。これは差別に近いジャンル区別に相違なりません。どうせ事務所の息がかかった俳優が出演するだけの恋愛ドラマだと、とまさしく先入観で食指を動かしません。
だからエラそーに言っても、偉くないヤツが書くブログであることをご了承ください。

以下、ネタバレ及び独自解釈による偏見(笑)が含まれますことをご了承ください。製作者などの敬称も略とさせていただきます。

【前作とは違う】明快な打ち出し

前作『ウルトラマンR/B(ウルトラマンルーブ)は非常に伝わり難かった作品だった。現在になっても「ホームコメディ」と表現されている場合がある。観終えた身としては、非常に違和感を覚える。

ウルトラマンR/B』とは復讐と犠牲の物語りであり、視聴者層に配慮した結末が用意されただけで、基本は悲劇なのである。悪役と断じられるだけの敵がいなかっただけでも、事情の複雑さは特筆する。

ただ物語りの本質は全編を見渡さなければ理解に至らない。わざと至らせないような「ほのぼの感」で覆っている。大人になって見る目を持てば別の味わいを感じ取れる、そんな演出だった。

ウルトラマンタイガ』第3話を見終えれば、今作は真逆としたいくらいである。作品のハードさを明快に打ち出してきている。序盤から飛ばしに飛ばしてきている。

前作とは明らかに違うぞ、といった感じだ。シリーズ化として長く続けていくには、こうでなければいけない。売り上げが上昇傾向にあるからと、ついつい作風の延長してしまうほど危険なものはない。
平成と名の付く特撮モノを俯瞰しただけでも、設定は繋がっていても作品としては別個としか言いようがない作品造り「平成仮面ライダー(特にクウガからアギト)」「ゴジラVSシリーズ」など、売上げていく条件としてに必須だ。あえて極端に述べさせてもらえれば、内容は二の次だ。二の次だが、でもやはり面白くなくてはいけない。シリーズ化とは、かくも大変なことである。

市野監督・神谷特撮監督体制で始まった話数も、3作目。たいていは前後篇を担当であるところを、今回は2班体制で3話を任せた。製作のあり方も一箇所に止まらない意気込みが感じられる。

まだ3話の時点でありながら、視聴者として幸せを感じている。

【星の復讐者】スペースデブリ

主人公ヒロユキE.G.I.S(イージス)の仲間から説明を受けます。デブリって何ですか?といった問いにである。簡単に言えば、宇宙のゴミ、と馴染みがあるようでない用語を説明してもらいます。

宇宙開発へ乗り出せばいずれ環境問題で浮上するであろう、宇宙に漂うゴミである「デブリ」それに対する危惧は1994年公開の『ゴジラVSスペースゴジラ』において早くも言及されていた、とカッコよく行きたいところですが、あそこでは取ってつけたような感じが否めない(好きな作品ではありますよ)。

デブリについて、本格的に扱った作品といえば、これがイチオシです。

『ヴィンランド・サガ』作者である幸村誠のデビュー作です。
プラネテス』において、宇宙を漂うゴミであるデブリが、いかに危険な代物であるかが分かる作品なのです。ウルトラマンタイガ『星の復讐者』を観るうえで、当作品を読んでいたおかげで深くへ入れたと思うからです。

まだ実感から程遠い「スペースデブリ」の問題。でも経緯は人間が犯してきことである。だからこそ自分たちで解決しなければならない。
最終局面へ飛ぶが、タイガがデブリの処分を口にするが、ヒロユキは人間自身で解決するべきだと答える。小賢しい者からすれば、ヒロユキの主張はつまらないプライドであり、効率重視を唱えるかもしれない。けれども小手先で済ませれば、問題の本質は見逃され、より重大な過失へ至るのである。
何かへ挑めば、問題が発生することは避けられない。迷惑をかけることがあるかもしれないが、大事なのは起きたことに責任を持つかどうかだ。他へ責任転嫁、もしくは放り出す行動に未来はない。

ウルトラマンタイガが、決して見失ってはならない姿を描いてみせた。これこそ特撮ヒーロー番組を推していきたい理由である。

【星の復讐者】

悲劇の幕開けとなったのは、あるベンチャー企業の打ち上げたロケットが、宇宙に出ていた夫婦へ直撃したことから端を発する。いかにも成り上がりの若手社長が、宇宙開発といった名目の自社宣伝に巻き込まれた悲劇である。

ヒロユキE.G.I.Sの仕事は、トレギアによって復讐者となりやってきた夫レントからの護衛である。金を払っているのだから当然とばかりな態度の若手社長は、身を呈して守ったヒロユキを突き飛ばして安全を図れる人格である。ストーリー上オーバーな性格づけしている、と笑えない人物設定である。
たぶんではなく、こうした人物はいる。リアルだと言ってもいいかもしれない。自分より弱い立場とある者たちへ配慮などは一切しない。己れの身以外については考えない。だから責任など取るはずもない。

若手社長のロケットの打ち上げは、喧伝が何より優先されたはずだ。急な計画が無理を呼び、今回の悲劇が巻き起こった。だからマスコミも追求の手を伸ばせる。世間に知れ渡るほど明確な責任所在が、ギャラクトロンMk2として暴れまわることになるレントが突き止められた理由だろう。もしくはトレギアが教えていたのかもしれない。

ここで復讐を口にする相手に、ヒロユキに中にいるタイガも同調を示す。『星の復讐者』は、タイガの心情を含めたエピソードとして用意されたのではないか。ただウルトラマンゆえに露骨な復讐心を描くわけにいかず用意された今回のストーリーであったかもしれない。

亡き妻ナナの説得で復讐心を解いたレントが夫婦共に宇宙(そら)へ還れば、タイガの復讐心も一つ解れた時に「ウルトラマンタイタス」を登場させる。まさに憎いくらいの演出である。

【タイタスの登場】次週はフーマ

ウルトラマンタイタスが登場するシーン。『ザ・ウルトラマン』と同じ所の出身なんだなぁ、とつくづく思います。アニメで見てきた場面を実写化されるのは感慨深いものがあります。もちろんアップデートされた表現法になってはいますが。

地上へついに現した、その勇姿!「力の賢者」と異名を取るタイタスの周囲を埋め尽くすミニチュアの中で、スピードあるカメラワークでぐるりと見せる。気合いの入った入念な画作りには、シリーズ化されても惰性などとは無縁であることを感じさせられます。

活躍を見せたタイタス。しかしながら最後に現れたトレギアには翻弄される。そうそう簡単には事が運ばない。話しはまだまだ始まったばかりなのだ。

次週は、ヒロユキが日常生活においても話し相手となる3人目(笑)の「ウルトラマンフーマ」が登場する。そしてそれを担当する監督は特撮も含めて演出の、田口清隆である。待ってましたなスタッフも登場であれば、毎回言っておりますが、楽しみで仕方がありません。