アニメと実写【比較というより思い出レビュー】美女と野獣

なんだかんだ言っても、映像化するなら原作を超えて欲しい。
特に思い入れがあるなら、尚更だ。まず演じるキャストが、どれだけイメージに沿っているか。アニメなら声の質が、実写化なら俳優の姿や雰囲気がどうか。それでも多少は思い描いていた感じとは違っても、観ていくうちに大抵は慣らされていく(笑)

アニメにおいて、声質の違和感はほとんど解消されてしまう。アニメという表現に依る部分も大きいだろうが、やはり声優を本業とする役者は大したものである。
たまに有名俳優が劇場アニメなどに当てたりするが、所詮は所詮だ。役柄に馴染むというより、演じる俳優そのものが反映されてくる。上手に演じているようで、演じているその人そのものが出てきてしまう。
やっぱり、声優を使いましょう。自分が声優好きなところもありますが(笑)

実写化となると、これはもう仕方がない。姿形には限界があり、年齢もある。演じる俳優を原作通りの年齢を連れてきても上手くいかないように、素のままでイメージに合うなど、そうそう滅多にあるものではない。しかもいくら見た目が近くても演技がお話しにならないでは意味がない。だから雰囲気を以って役に寄せてくる俳優はすごいと思う。また外見のイメージを裏切っておきながら納得させてくるなんて、もう名優である。
でも、そんな良き例はそうそう滅多にありません。実写化とくれば、たいていは裏切られるもの。観客がどれだけ譲歩するかが鍵となる。譲歩の具合で作品の良し悪しに及んだりする場合もある。もう譲歩以前の問題だよ、という時もたまにありますね。それはそれで楽しいと思うようにしています、この頃は(笑)

今回は全ての条件をクリアした作品に対して、なかなか素直になれなかったというお話しになります。

以下、ネタバレあります、独自解釈による偏見もあります(笑)どうか、ご了承のほどを。製作者などの敬称も略とさせていただきます。

【美女と野獣】その変遷

原作

美女と野獣』の原作といえば「本」ですが、ここで書いている人は読んだことはありません。周囲にも読んだ憶えがある人もいません。それでもタイトルは誰もが知っているわけですから、変に有名です。

1740年フランスおいてヴィルヌーブ夫人の手によって書かれたそうです。しかし広く流布したのはボーモン夫人によって短縮されて、1756年に出版されたもののようです。どういう経緯で別の人間に渡って改訂出版されるに至ったか、ほんのちょっと興味はあります。

原作は、三人娘です。末娘が主人公のようです。兄も3人いるようです。ディズニー映画から入った者としては、こんなに兄弟がいたのかと驚きです。しかも姉の二人は性根が悪いときた。この時代における娯楽作品の定番なのでしょうか。しかも兄3人に至っては、改訂版になれば兵役に就いていて出てこないという気の毒さ。姉たちはともかく、兄たちの設定は必要だったの?と言いたくなります。

これではディズニーが映画化に当たって、一人娘にしたのも納得です。というか、そうするよなといった感じです。

2017年の実写版がアニメ版を原作にする意味がよくわかります。

映像化*「&」なんてものもありました

映画化となると、これが意外に少ない。
最初の製作はフランスで、1946年!第二次世界大戦終了直後ではありませんか。
その次となると・・・1991年まで待たなければなりません。ディズニーがアニメ化するまでです。

こうした事情に名前だけしか知らなかった理由が想像できます。
この間にテレビ化はされていたようですが、日本で紹介はされていない。もしくは紹介されていても評判になっていない。テレビ時代の子供には馴染む機会がなかった。
ただこれは一定の世代に限る話しです。日本公開の1992年ディズニーアニメ版を劇場で観ることが出来た世代です。この後は、大評判になったおかげで映画そのものを家庭で鑑賞したり、絵本などもあります。ディズニーアニメ版以降では浸透具合でまるきり違うでしょう。

この後、2009年にオーストラリアで、2014年フランスで、そしてここで取り上げるディズニーは2017年。いずれも実写化です。

因みに、2009年版と2014年版はディズニーアニメ版とは違ったアプローチを意識的に行っているように見受けられます。
特に、オーストラリア製作2009年版は、なんか凄い。別の意味でですよ(笑)。作りがしょぼいのは、まぁ許しましょう。でも「おいっ、これ、アクションにしたかったのかい!」なにやら別方向が明後日を向いている感じですかね。量産されている有名作品のバクリもどき映画の出来に入るような気がしないでもないと、思ったらなんと!『美女&野獣(笑)。すっかり騙された己れが憎い。これで実写化に対する警戒感は人一倍になったような気がします。

でも、まぁこのパッケージを観れば、だいたいは予想はつくものです。ごめんなさい、多少は確信犯ではありました。けれどもタイトルが『美女&野獣』だと気づいたのは後です。アホな子なんです(笑)。でも観た限りには吐き出さずにはいられなかったわけです。

【ディズニー版】美女と野獣

ある王子が傲慢さゆえに魔女から野獣の姿へ、城の家来たちも家具の姿へと呪いをかけられてしまう。解くには、与えられたバラの花びらが落ちきる前に真実の愛を得ること。得られなければ、本当の野獣に家具になってしまう。
主人公の女性がやってきたことで、さまざまな苦難を乗り越えて呪いから解放される。
大筋は誠にシンプルなものです。それをどう味付けしていくか。シンプルだからこそ難しいと当初は、まだ考え至らなかったものです。

衝撃だったアニメ

1992年。観には行きたくなかった。
ディズニーアニメである。どうせ、また同じような作りなのだろう。
現在に至っては意欲的にさまざまな題材にストーリーを披露しているが、まだこの頃は「いつものディズニーアニメ」といった印象があった。絵柄は変わらないのは良いとしても、内容はそれこそテンプレである。王子さまと王女さまが出会って結ばれてめでたしめでたしのような、絵本みたいなストーリーしか作らない。
しかもあまり好みではないミュージカル仕立てと聞く。

強く誘われなければ、ホント行かなかった。誘ってくれた相手は『リトル・マーメイド』を観て期待を抱くようになったらしい。
当時は『ゴジラVSシリーズ』の時代。ゴジラを無理に付き合ってもらっていた負い目もある。今度は自分の番なのだ、と大げさに言い聞かせていた。

鑑賞後は、それこそ手のひら返しの気分。ネガティブだっただけに反動も大きく、映画史上の大傑作ぐらいに感激していた。
観た者も多く、いわゆる映画通の友人たちの間でも賞賛である。特にディズニーアニメと判を押していた自分を含めた者の間では、根底から印象を改めるしかないところは一致した。

その時は野獣が野生の狼を追っ払うシーンこそ凄かったという意見が多数を占めた。

自分としては、えっ?である。なぜなら、特筆すべきは舞踏会のシーンだと思っていたからだ。野獣と主人公の女性ベルが手を取り合って踊る。天井のシャンデリア上方から一気に迫っていくカメラワーク。これには度肝を抜かれた。アニメでは考えられない見せ方だった。

もう現在となっては、当たり前。アニメでも、何でもなくこなせるカットだ。けれども当時はまだCGがどれだけ表現できるか模索されていた時代である。アニメならセル画であり、特撮にはハイビジョンという名で取り入られ始めるものの基本はフィルムが基本である。光線はフィルムに一コマづつ描き込んでいた時代である。

ベルと野獣の踊るシーンにどれだけ衝撃を受けたか!話しだすと、うざいくらいです(笑)
けれども翌年の1993年にCGが主要表現になれることを『ジュラシック・パーク』が知らせてきます。ヲタを自認しても、所詮は井の中の蛙でしかないことを痛感させられました。

舞踏も狼襲撃のシーンも現在となっては普通に製作されるレベルなりました。

それでもIMAX化されれば観にいき、その円盤が出れば再度購入し直します。
そこでようやく気づくわけです。初公開時は技術的な部分ばかりに目が行っていたけれども、実は作品自体にとても感動していたことを。

実写版も最初は否定的

すっかり自分にとって大事な1本となったディズニーアニメ版。『美女&野獣』みたくネタ的ものは笑って観られるものの、本格的とくれば事情は変わってくる。

原作は元の書籍ではなく、ディズニー自体が製作したアニメ版にするようだ。
お気に入りのアニメが実写化・・・まず不安が大きく立つのは分かってもらえると思う。どこまで自分が譲歩できるか。つまりあまり期待はしないようにした。

画の冒頭。
王子が魔女によって野獣となり、城全体に魔法が掛けられるくだりである。
アニメ版は絵本風に紹介されるに比べ、こちらイカれた化粧をした王子が老女に無体を働くシーンが今ひとつ。恐怖をあおるなら、もっと徹底したほうがいい。どこかファミリーピクチャという意識が残っているのか、半端な感じがしてならない。

アニメと比較して、ネガな想いに捉われたのはここぐらい。後はポジしかありませんので、好きな方はご安心を(笑)。そして鑑賞後になって気づく、王子に化粧させて素顔を見せない演出には感心するしかありません。抜け目はないですね。

実写版は良いです

キャストとして、メイク次第な野獣はどうにでもいい(笑)

問題は、ベル役である。顔立ちだけなら、それこそゴマンといるだろう。だが実際に演技力だけでない、雰囲気までまとえるだろうか?

大丈夫だ、というか、もしかしてアニメ版より上回っているかもと感じたのは図書室のシーン。狼の襲撃から守ったことで少し心を開き始めたところで、野獣ベルを図書室へ案内する。そこで野獣がちょっとしたユーモアを見せ、本に囲まれ喜ぶベルがかわいいったらありゃしない!ベルエマ・ワトソンへ配役したことは成功だと言えた場面でした。

アニメにはなかった深みを与えている。

実写にはアニメにはなかったベルの母親についても描かれています。野獣と魔法の本を使えば、ペストという不治の伝染病に罹った母をベルに感染させないため捨てて来ざるを得なかった。悲惨な経緯が明らかになる。
悲しみに覆われるベルに、バラを盗んだとしてベルの父をなじったことを詫びる野獣。つい泣きそうになってしまうシーンです。
野獣もまた母親を亡くしてから、愛情というものが分かっていない父親によって心が硬くなったことを、ベルは家来たちによって知らされています。

野獣ベルが惹かれ合うことに説得力がより増しています。

また敵役のガストン。ただベルの美しさに惹かれ、読んでいる本を投げ捨てるアニメ版に比べ、実写版は村を守ったことがある英雄であり、ベルが読んだ本について訊ねたりします。けれども力任せであるところは共通しています。ただ狡猾さが違います。自分の村における立場を利用し、平気で人を貶める。まさしく現実に存在する人間になっています。

実写化した意味があるキャストの性格づけです。

そして何よりアニメより良かったところ。
クライマックスにおいて、バラの花びらが全て落ちてしまう。魔法にかけられていた家来たちが、次に次に単なる家具へなっていく。そこの哀切さがたまらない。だからこそ、最後にベルが死に瀕す野獣へ愛を告白することで元へ戻っていく様子に歓喜します。ストーリーを知悉する者でも感動させられた追加シーンでした。

こんな例もあるんだね

実写版を鑑賞し終えれば「いやはや、まいったぜ」です。

まさか超名作だったアニメ版を超えてくるなんて、予想だにしていませんでした。原作としたアニメ版を踏まえながらも、深みを与えて、より感動的なシーンを加えてくる。参りました、としか言いようがありません。

思い入れあるアニメ版より良いよ、なんて言いたくはないのです。でもどちらを勧めるといったら、どっちにもそれぞれ良いところがあるなんて言いません。実写版を勧めます。なんかこれでアニメ版は好事家用、言い方換えれば、マニア用になってしまったような気がする。

だから実写化は困るんですよ(笑)。けれど実写版の野獣姿が解けて、王子の素顔を観た時「アニメ版そっくりじゃん」やはり実写スタッフも思い入れは相当あるようです。