【辛めのネタバレ感想】映画『シング・ストリート 未来へのうた』

2019年6月22日

「宮崎駿アニメで好きじゃない作品もある」と言ったら驚く人がいた。全ての作品が一定の出来はクリアしているから「好きじゃない」ということが理解できないそうだ。次いでに言われたのが、類似性はあるもののそれこそが宮崎アニメの特色である。

好きじゃない=悪評と理解されてしまったようである。ただ単に趣向性の問題であるとは思いも寄らないらしい。けれどもこうした誤解の根本を質せば、宮崎アニメに対する認識の違いがある。演出や世界観など確かに監督の傾向が常に出ているものの、作品ひとつひとつは個性的に展開していると思う。だから、好き嫌いが生じたわけである。
こんなことを延々と酒の席で話すことは真に楽しい。今回は、その延長線上にある内容です。

今回の『シング・ストリート 未来へのうた』は、ある映画サイトのデータによれば、6割が激賞で3割が低評価、どちらでもないが1割といった好評ぶりです。これからここのブログで展開されるのは、3割に位置します。
もし宝物のように大事な作品としているならば、ここでお止めになったほうがよろしいです。自分に受け付けない意見は、無視!これが一番ですよ。

以下、ネタバレが含まれます。独自解釈も酷いかもしれません。どうか平にご容赦のほどをよろしくお願いします。製作者などの敬称も略とさせていただきます。

【シング・ストリート 未来へのうた】作品情報

2016年に公開された映画『シング・ストリート 未来へのうた』アイルランドの映画です。

監督は製作・脚本も兼ねたジョン・カーニー。鑑賞後に気づきました。同監督の作品には『ONCE ダブリンの街角で』『はじまりのうた』などがあります。『ONCE ダブリンの街角で』を観ております。だから今回『シング・ストリート 未来へのうた』の監督が同じであることを知らず鑑賞できて良かったと思います。

ONCE ダブリンの街角で』を観た際、この監督とは合わないなと感じていました。リアルな日常を舞台にしながら、肝心な部分は隠して綺麗に見せる。そのように感じれば、曇った目にしか持てないここで書いている人です。素直に感動すべきことが出来なくなる。やはり自分は作品についての批評は微妙だ、でもブログはやる(笑)
シング・ストリート 未来へのうた』を観ている時に、なんかダブリンを思い出すなぁ〜と思っていたら、同じ監督だった。まったくヌケサクなここで書いている人なのです。

そしてこのジョン・カーニー監督が悩ましいのが、作品は気に入らなくても音楽は好きにさせるという手腕の持ち主です。『ONCE ダブリンの街角で』はもちろんのこと、『シング・ストリート 未来へのうた』も円盤を求めずにはいられない。実際バンドを演っていたそうですが、映画のほうで音楽の才能を発揮するなんて出色の監督です。映画監督としてあまり好きではないんですけどね(笑)

【辛口の】ネタバレ感想

舞台は、1985年のアイルランドの首都ダブリン。
不景気による父の失業から、転校を余儀なくされた主人公の男子高校生。新しい学校の校風に馴染めず、いじめっ子にも目を付けられる。散々な転校であったが、高校前の建物入り口に立つ女の子に一目惚れをする。
女の子を口説きたいために、ミュージックビデオへの出演依頼することで接触を図る。そのためにバンドを組む。功を奏して仲は良くなっていくも、年上の彼がいる。女の子はモデル志望であり、年上の彼と共に一度はロンドンへ行くも破錠して帰ってくる。
主人公の男子高校生のほうと言えば、両親が別居(法律上、離婚ができない)に至るなか、バンド活動を続ける。ミュージックビデオを撮影したり、高校のプロム(ダンスパーティー)で演奏するところがクライマックス。その後、より戻した女の子と自家用のモータボートでロンドンへ新しい生活を求めて向かう。

上が、ざっくりしたストーリー概要です。

主人公の男子高校生は、転校先では最下層へ置かれるような立場。けれども好きな女の子が出来て、付き合うために始めたバンドで状況を改善していく。瑞々しいまでの想いが生む行動力に勇気をもらえる。

前進を望む人たちには、とても良い映画なのだと思います。

では、ここで書いている人のように、すっかり人生においての前進などすっかり放棄していれば、けっこう意地悪な目で見てしまう。

学校でうまくいかなそうな主人公の男子高校生の前に、近づいてきた男の子。この男の子が、演奏に優れ作曲もでき、かつ楽器も全て所有し練習場所も提供してくれるメンバーを紹介し、マネージャーにもなる。他のメンバーも誘ったり、募集などで揃っていく。
バンド活動は、トントン拍子にうまくいく。実際なら最も大変なところに問題が一切生じない。何も描かれることはない、演奏が上手いバンドメンバーたち。
マネージャーに収まった男の子は自宅に電話がないようだから、何か事情を抱えているらしい。それだけである。
演奏における全ての環境を提供してくれたバンドメンバーの男の子とは、一緒に曲作りをする。主人公の男子高校生が曲作りしたいと、いきなり押しかけても笑顔で迎える。どうやら今まで友達がいなかったようだから、という理由づけかもしれないが毎回のようにである。挙句に主人公の男子高校生は地元を出る決意しバンドが出来なくなる旨を話せば、快く後はどうにかすると引き受けてくれる。
結局はバンドのメンバーは主人公にとって都合いいだけの存在だけにしか描かれていない。ただの背景としての役割を与えられているに過ぎない。それもただ収まるといった感じではなく、引き立たせるために不自然な色調を放っている。
いじめっ子の男子など、最初にちょっとちょっかい出しただけ。その後はなぜか主人公男子高校生に押され気味。最後の方でローディとしてバンドに参加してもらうが、これこそ心の繋がりというより「懐柔」だ。いじめっ子家庭の悪環境へ付け込んだように映ってしまう。

結局は各エピソードを詰めきらないまま甘く包み込んだため、主人公男子高校生に都合いいだけの配役で脇を固める事態へ陥ってしまったように思える。
現実には有り得ない世界へ、人間の感情を盛り込む娯楽。虚構を用いて苛烈な現実を表現するドラマ。この作品はどちらにもあてはまらない。日常を舞台としながら、現実っぽい虚構の出来事でストーリーを進めるため、主人公に共感を覚えなければ厳しい限りだ。

ラストで、旅立つ先にはお金もないツテもない。バンドの演奏が入ったテープと再びモデルを夢見るカノジョだけ。それだけを持って新たな生活に夢を見て他国の大都市へ向かうのは、男子高校生。そこに幸せを無邪気に感じることは自分には難しい。

【これは個人の感想】一番、困るのは

ずいぶん厳しいことを書いてきたが、注意して欲しいのは本作が概ね好評だということである。観客の半数以上は良かったとし、その中には傑作だとする人も少なからずいるのである。
あくまでも、これは少数派の部類に入る感想である。

で、いかん!とした自分だが、観て損はなかったと思っている。以前なら気に入らない作品として、罵詈雑言で終始していただろう。けれども現在においては、良くも悪くも書きたくなる気にさせてくれる作品ならば、観た甲斐があったと思うようになっている。

もっとも困るのが「誰にでも良い」作品だ。よく出来ており批難も湧かない限り、特に讃える気にもならない。比重はどうあれ賛否両論が渦巻く作品、嫌いと思えるだけ心に響く作品ならば、自分にとって観る価値がある作品なのである。