【平成元年製作のアカデミー賞映画】ドライビング Miss デイジー

2019年アカデミー賞最高の栄誉は『グリーンブック』に落ち着きました。そうした効果もあってか、日本でも大ヒット!息の長い公開となり、当初はなかった吹き替え版も製作されるほどです。

黒人と白人の人種差別を越えたハートウォーミングストーリー。たいていの日本人からすれば、素直に捉えてしまうところです。ところが当事者が住まう本国アメリカでは評価が分かれています。

「あの頃と変わっていない」この受賞でそう呟かれる、かつての作品があります。今回は奇しくもまた取り沙汰されることになった映画を取り上げます。

以下、ネタバレが含まれます。独自解釈も酷いかもしれません。どうか平にご容赦のほどをよろしくお願いします。製作者などの敬称も略とさせていただきます。

【ドライビング Miss デイジー】作品情報

ユダヤ系白人の老未亡人と黒人運転手の交流をユーモラスに描いた『ドライビング Miss デイジー』( Driving Miss Daisyは、1989年12月アメリカにて封切られました。原作は演劇のための戯曲であり、1987年度にはピューリッツァー賞を受賞しています。原作者は映画化にあたり脚本も担当しています。

当初の公開は北米限定でした。大ヒットを記録した後に世界へ広がったようです。
そしてアカデミー賞も獲得します。但し、作品賞を獲得しながら監督賞がもたらされられない珍しい例となります。2019年までにおいて、監督がノミネートされず作品のみの獲得は『つばさ』『グランド・ホテル』『アルゴ』そこに『ドライビング Miss デイジー』といった4作品のみです。

単純な賞賛だけでは済まない含みある側面が垣間見える受賞作です。ユーモラスな作風でありますが、根がデリケートな問題を扱っていることが影響したか。それ以上は想像の域から出ることがないので言及できません。

あらすじ

きっかけはアクセルとブレーキの踏み間違え

舞台は、1948年のアトランタ。これから48年後にオリンピックが行われるなど、当時は夢にも思わなかったでしょう。

この映画の主人公であるユダヤ系白人の老婦人デイジーは、買い物で出かけようと発進させた車で隣家の垣根を突っ込んでしまいます。アクセルとブレーキの踏み間違えです。日本で現在まさしく社会的問題になっている事柄を30年前の映画で描いています。この作品が古びない要素がこんなところにあります。

デイジーの息子ブーリーは成功している工場経営者です。また厳格な元教師であるデイジーに育てられただけあってモラルがあるようです。会社のトップであることから、社会的責任という思惑も働いたかもしれません。ともかく母親には運転をやめさせようとします。
運転手を用意します。それがもう1人の主人公であるホークです。初老の黒人です。

初乗車はラストに繋がります

デイジーは息子の配慮を拒みます。運転手など要らないの一点張りです。子供の人格形成を仕事とする教師をしていたわりに頑固です。

拒否されてもホークは通い続けます。善意というより、仕事を真っ当しようという意識が強かったと思われます。後にデイジーの世話人として確固たる位置を確信したホークは、雇い主である息子のブーリーに値段交渉します。辞めて欲しくなかったら賃金を上げてくれ、という交渉です。
このエピソードによって、変に人間へ期待する甘さを否定しています。生活がまずあるのです。それゆえにセンチメンタルへ流れすぎずに済んでいます。

デイジーに長年に渡って従う黒人家政婦がいます。コーヒー豆が切れたことを告げられて、デイジーは買い物へ出ます。市電で行くと言い張って歩くところを、ホークは車で追いかけてます。
懸命に乗車するよう説得を試みるホークデイジーは、わざわざ雇って賃金を払うなど無駄だとばかりに言い返します。ここのやりとりがラストシーンに活かされます。ここで書いている人は初見では気づきませんでした。

いろいろなことがわかり

サケ缶が1つ無くなっています。デイジーは息子を呼んで、ホークが盗んだと訴えます。元教師とは思えぬ行動ですが、昔の教師とはそういうものだったのかもしれません。この時代を描いた他の映画においても、教師は理不尽なものとして扱われるパターンは散見されます。
持っていっていたのはホークでした。但しそれは古くなったものであり、代わりに新しいものを買ってもってきています。気の利いた配慮だったのです。

墓参りに行きます。そこでホークが目的の墓を探せないことで、字を読めないことが判明します。けれどもデイジーが文字を教えるようになることで、お互いが認め合うようになっていきます。

デイジーはユダヤ教徒です。キリスト教に由来するクリスマスを認めていません。それでもお祝いムードになるクリスマスにプレゼントとして、ホークへ教科書をプレゼントします。

ホークもまた息子のブーリーと新車を見に行った際に、これまでの車にデイジーが乗りたがるかもということで、自腹で買取ります。

デイジーがアラバマ州に住む兄弟の誕生会に出席するため、ホークの運転で出かけることにします。アトランタはジョージア州です。ホークは70歳にして初めて州の外へ出るということが判明します。
その道中で警察官に呼び止められることで差別が強く残っていることを思い知らされます。犯人はいつも黒人というわけです。そして白人であっても、ユダヤ人は差別される対象になることが分かります。

ある日、家政婦が急死します。
それからのホークは細やかな気遣いと示します。雪の中でも駆けつけるほどです。仕事だからというわけだけではなくなっています。

デイジーもまた息子ブーリーホークについて褒め言葉を口にします。もうすっかり認めているようです。

無自覚の差別

デイジーは「私は人種差別主義者ではない」と主張する人物です。
ですから、人種差別撤廃を訴えるキング牧師の説教を聞くためのディナーパーティーへ出席します。
一緒に行くはずだった息子ブーリーは経営上の配慮から欠席します。偏見は動かし難く、謂れもなく攻撃を仕掛けてくるものですから、会社のトップとしては止むを得ません。
だからというわけか、パーティーへ向かう車中でホークを誘います。当然ながら、今になってといった具合でホークは非難します。
結局は1人で出席することになるデイジーはなぜ怒り出したのか、今ひとつ理解していない様子である。

そのパーティーで語られる、黒人解放指導者のキング牧師の言葉。
「黒人が困難な立場にいるのは、悪意の白人の為だけでなく、善意の白人の無関心と無視による」
その場でデイジーが聞いているのは無論のこと、ホークもまた待機する車中のラジオで聞いていた。

ラスト

あれほどしっかりしていたはずのデイジーに認知症が発症します。
それを献身的に支えるホークです。そんなホークに「最良の友」という言葉をデイジーは送ります。

それから時は流れ、デイジーは認知症が進んだことと体力の衰えから老人養護施設に入っています。
家は売られ、ホークも老齢で運転はしなくなっている。

感謝祭だからとホークと息子ブーリーデイジーの許へ訪れる。
ブーリーへ、未だ運転手としてホークへ給料を払っていることに文句を言っている。
それでもブーリーは除け者であり、デイジーホークは昔と変わらない会話を交わしている。
そしてホークデイジーにパイを食べさせるところで幕が引く。食事はデイジーがダイニングで、ホークはキッチンでといった具合に、決して雇い主と使用人の関係が崩れることはなかった。
最後の場面にして、ふたりが同じテーブルに着かせるところが素晴らしい。

【製作・公開年から】平成元年を意識する

ドライビング Miss デイジー』そして『グリーンブック』に関して、差別される側からすると差別する側にとって都合のいいお話しという意見もあるそうです。

この問題については、日本人というそれこそ門外漢では語るが難しいです。現在の自分ではまだ力量不足かと思いますので、ここは個人的なお話しを。

日本公開は1990年5月ですが、実質は1989年です。「平成元年」です。もっとも製作したアメリカからすればゆかりも何もあった話しではないですが(笑)。

けれども個人的には映画のみりこんでいく時期として平成元年は忘れられません。『ゴジラVSビオランテ』から『ニュー・シネマパラダイス』をハシゴで観ている時です。その頃、海の向こうで公開されていたのは『ドライビング Miss デイジー』です。妙な感慨を憶えます。

まだこの頃は認知症などではなく「老人ボケ」が一般的な言われ方だったと思います。「老人ホーム」としか名称がなく、まだ日本では家族が面倒をみるからと社会全体からすれば必要性は低い認識だったと思います。
ここで起きている問題は現代日本にそのまま当てはまるようになりました。

そして差別意識もまた「黒」と「白」の間に生じた深さほどでないにしろ、「白」のなかにおいても発生している。まさしく時代を経ても「人間の救い難い性」を見せつけられている気がします。
しかしそれすらも、ユーモアや思いやりといった心ひとつで和らげられる。片手ですくい上げる程度であすが、救い方はあることを教えてくれた作品でした。