【『けいおん!』から見続けた感慨も含め】アニメ映画『聲の形』

平成最後の月(2019年4月)にして、放送10周年記念として『けいおん!』がアンコール放送されています。アンコール?どこからのアンコールなのか、当時夢中になった『けいおん!』ファンは映像を保管しているに決まっている(笑)
ただの再放送だろう。いや、まだ『けいおん!』と知らない、いたいけな視聴者を騙して取り込もうよという意図ではないのか。それなら納得するぞ。

しかし『けいおん!』の10年後に、元号が変わるなんて当時誰が予想しただろう。やはり10年ひと昔である。

大ヒットを飛ばした『けいおん!』の監督とシリーズ構成であり中心の脚本家が組んだ『聲の形』についてブログします。
けいおん!』でなく、なぜ『聲の形』にしたか。それは評価という形がいかに曖昧かを、ちょっぴり訴えたいからでもあります。

以下、ネタバレ及び独自解釈による偏見(笑)が含まれますことをご了承ください。製作者などの敬称も略とさせていただきます。

【絶賛の】映画 聲の形

作品概要

映画 聲の形』は2016年9月に公開開始をされています。原作は、大今 良時(おおいま よしときのコミックになります。
公開当初の全国スクリーン数は「120」です。小規模に入る数と言われています。
因みに2018年公開『名探偵コナン ゼロの執行人』という超ヒット作は、全国スクリーン数は「384」になります。
比較した場合、『映画 聲の形』は規模は小さいかもしれないけれど、極端に少なかったというわけではなさそうです。とりあえず全国津々浦々までは上映されていたことは幸いでした。そして鑑賞する機会があれば好評を博する作品です。上映拡大もあり、息の長い上映期間もなります。興行収入も目標数値の倍を軽く越えるという結果になりました。

タイアップに文部省が乗り出し、数々の賞を獲得を知る現在では「良心的な作品」と捉えられます。しかしながら原作は一度は連載を見送られ、シナリオ作製におけるディスカッションは相当重ねられたようです。

テーマとして扱いづらい難しい作業を強いられた作品なのです。

ストーリー概略

主人公は高校3年生の男子です。のっけから身を整理をしたような気配を見せれば、橋上からの飛び降りようとする。自殺しようとする場面が冒頭を飾ります。

この主人公男子は小学生の頃に、いじめをしていました。しかも相手は聴覚障害を持つ女子でした。ただこの主人公男子は先頭に立つ形でしたが、周囲のクラスメイトも追随する姿勢を取っています。間接的な手の出し方だったり、見て見ぬふりをしたり。
けれども行為が行きすぎたため問題なります。これによって、主人公男子がいじめられる立場へ変わります。今度の生贄はおまえだ、ということです。

「自分がしたことは自分に跳ね返る」主人公男子は身をもって知ることになります。ただここでグレずに、かつていじめていた女子になんとか仲直りはしたいと動きます。弟と思っていた妹に邪魔され、母親には殴られてもがんばります。

高校では心を閉ざしていた主人公男子でしたが、ひょんなことから友達ができるようになりました。動き出したのは、いじめられていた女子もです。かつていじめがあった小学時代のメンバーと会ったりもします。徐々に事態は良い方向へ、と思われましたが、どうしても過去にあった出来事は消えません。

昔の友達と交流を深めていくなかで、かつてのいじめを蒸し返されます。せっかく出来た関係も、また孤立へと逆戻りです。それでも主人公男子といじめにあっていた女子だけは関係が壊れることはなく、その家族と花火大会へ行ったりしている。

けれども女子の方は、主人公男子が辛い立場に陥ることは自分のせいだと思っている。自分がいなくなればいいとまで思い詰める。自殺を計るが、止めに入った主人公男子が代わりに転落してしまう。生死をさ迷うことになります。

ここに至り、いじめられていた女子は意を決します。いじめていた過去が知られたことで壊れた主人公男子の関係修復のために奔走する。
主人公男子も意識を取り戻せば、病院を抜け出して会いにゆく。気持ちが通じ合えば、一緒に高校の文化祭へ行きます。友達とまた過ごす時間を取り戻せたことを知ります。
心が開いていく自分に主人公男子は涙を流すのです。

心に残ったこと、つまり感想

いじめはなくならないもの、とつくづく思います。いじめる側に完全な悪人などおらず、けれどもいじめられる方は死にたくなるほど辛い。しかも厄介なのは明確な意思を以っていじめる者もいれば、自覚のない者もいるということです。誰かに押し付けて自分の仕出かしたことを無しにする。そうした者のほうが圧倒数なのかもしれません。

この映画で凄いのは、聴覚障害者をいじめるなど一般的に考えれば言語道断です。もし善悪の二面性で物事を計ったら、いじめられていた女子以外は全員が悪人です。制裁を受ける立場と言っていいのかもしれません。
ただ、いじめ側にも言い分があります。認められなくても、頷けないこともない心情があります。だからどうしても「人間はまちがえる」。

いじめという事が起きれば、一生の傷を負う。程度に関係なく、忘れられない経験(自身も含めて)は少なからずの人にあるのではないでしょうか。

「君に生きるのを手伝ってほしい」主人公男子が言ったこのセリフ。存在が否定された時に、もっとも聞きたい言葉。ここのシーンためだけにも、より多くの人に見て欲しいと思います。

【けいおん!の頃】酷い事も言われたスタッフです

監督はもちろんのこと、脚本家も『けいおん!』スタッフです。

脚本の吉田玲子。15年ぶり以上に新作製作が発表された『おジャ魔女どれみ』シリーズ前半に深く関わった人です。女子の心の機微を描くことに定評があるシナリオ・ライターです。
山田 尚子(やまだ なおこ)とコンビを組んだことが『けいおん!』ヒットにおいて大きな要因と思われます。

しかしながら『けいおん!』ヒット時においては罵詈されることもありました。
「このアニメ作ってる人も見てる人々も不気味とまで言われていたものです。原作を活かせていないとアニメスタッフに悪評をぶつけられることもありました。
「見ている人が不気味」と言われるのは仕方がありません(笑)自分は「りっちゃん」が好きでした。

けれどもアニメがあそこまで成功したのは、ゆるゆるな女子高生ライフながら垣間見える心理描写の繊細さが、キャラクターへの思い入れを深くさせたのだと思います。これは原作にはハマれず、アニメにハマった者の意見なので偏っているかもしれません。

けれども「不気味」と評したアニメ・スタッフが作り上げた『聲の形』を前にして、悪評を投げた人たちはどのような意見を投げていたのか?

評価は他人などに左右されず、自分の中でどうだったのか。それが大事だと再確認させてもらった『聲の形』という作品でした。