【『原子怪獣現わる』でしょ】エメリッヒ版『GODZILLA』1998

ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』元号が変更後、一発目のゴジラ映画である。本来なら、自国産で飾って欲しかった、と言っても、それは日本だけの事情ですから仕方がありません。いや、ただ元号変更にかこつけて、作って欲しいのですよ、ゴジラを。内容は問わない、ここで書いている人なので、一般に失敗とされる作品でもぜんぜん構わない。
単純にゴジラファンと言えば微笑ましいのだが、救い難いヲタ気質とも捉えられる。

但し、ゴジラにしてください。今回は、これはゴジラじゃないだろう、という唯一の映画についてです

以下、ネタバレが含まれます。独自解釈も酷いかもしれません。どうか平にご容赦のほどをよろしくお願いします。製作者などの敬称も略とさせていただきます。

【まず踏まえたい】原子怪獣現わる

ローランド・エメリッヒ監督のもと製作された1998年公開『GODZILLA』を語る前に、まず押さえたい映画があります。

ゴジラ(1954)にも影響を与えた『原子怪獣現わる』

アメリカのワーナー・ブラザースで製作された1953年に公開『原子怪獣現わる』。
特殊撮影は、あの『キングコング』を担当したウィリス・オブライエンに師事したレイ・ハリーハウゼンのほぼデビュー作と言っていいでしょう。

原作はレイ・ブラッドベリです。個人的にも愛蔵している著作物は何冊もあります。
『霧笛』という短編がこの映画の元となっている、ということになっていますが。雰囲気は全く異なります。灯台を壊すという場面が共通しているだけです。小説のほうに出てくる怪物はちょっと物悲しい存在なのです。

較べて映画のほうは「放射能の影響を受けた巨大生物」文明を破壊しまくる、人類にとっては看過できない存在となります。
ここで展開された設定は後世の作品に数多く影響を与えましたが、その中で特にネームバリューを残したのがゴジラと言えるのではないか、と思われます。

ストーリーを見れてみれば

北極圏で行われる核実験によって、巨大生物が誕生してしまいます。
名前はリドザウルスと言います。元いた恐竜の名前そのまま使用です(実際にこの名前の恐竜はいません)

恐竜とイグアナの合いの子みたいな怪獣です。


こちらエメリッヒ版ゴジラ。恐竜とコモドオオトカゲ、それに少し鳥も入っているそうです。

原子怪獣現わる』のストーリーに戻ります。
巨大化凶暴化したリドザウルスは漁船を襲い、灯台を壊しては徐々にその存在を示してきます。
ついにはマンハッタン市街に現れては暴れまわります。だがそれも軍の作戦と攻撃で倒します。倒す兵器は実在するものです。

ここに灯台を壊さず、卵を産ませて幼獣を加えれば『エメリッヒ版 ゴジラ』になります。

【作品評価とは別で】公開当時の期待

エメリッヒ版 ゴジラ』作品としては、普通に巨大生物パニックものとして、よく出来ているほうなのかもしれない。
ただそれなら『ジュラシック・パーク』で良かったのです。

制作費は日本の10倍以上をかけている。ニューヨークをめちゃくちゃにするほど暴れまわる。破壊のカタルシスを大いに期待して、この映画を待ち焦がれていたのです。

ところが蓋を開けたら、街を逃げ回っているご様子です。人間は捕食するようなのでコワい存在ではりますが、それは怪獣の怖さではありません。個人的にも怪獣への怖さはそれほど求めていません。

アメリカのキャッチコピー「巨大さ それが 度肝を抜く」:度肝は抜かれません。哀れに感じたくらいです。
日本のキャッチコピー「人類に打つ手は無い」:人類に倒されていますけど。

とりあえず無類の強靭などなくてもいい、人類の通常兵器に倒されても構わない。
ただ、放射熱線は吐いて欲しかった。たったそれだけの点だが、あれがあれこそゴジラが他のモンスターと一線を画する特徴であり、名を博す大きな要因だと思われるのです。

ゴジラに放射熱線の吐く設定を付けたことで、当時のスタッフがどれほど評論家や一部の映画ファンにどれだけバカにされたことでしょう。それでもやりきって、その後においては当然となった設定。そこを削ってはいけないと思うのです。

【いろいろ】あったみたいだから

エメリッヒ版 ゴジラ』ずいぶんボロボロに言ってきましたが、これが『原子怪獣現わる』のリメイク版ときていれば、何も問題がなかったのです。素直に受け入れ、喜んで観ていたことはまちがいないです。

後にプロデューサーの1人が「レイ・ハリーハウゼンの特撮映画をリメイクしようとしたが資金が出なかったため、ゴジラのネームバリューを借りた」といった発言をしていたそうです。失礼な内容ですが、ビジネスと捉えればあることです。
原子怪獣現わる』に酷似していることもうなずけます。『原子怪獣現わる』を観たことがある人ならば誰でも気づくようで、他の評論家からも指摘も受けていたようです。
またレイ・ハリーハウゼンが手がけた『水爆と深海の怪物』へのオマージュも差し込んでいるそうなので、スタッフが本当にやりたかったわけではない。それが不幸な形となって表れてしまいました。

けれども『エメリッヒ版 ゴジラ』おかげでゴジラというものは何かと再考できる機会を得たと思います。だから「否」でも作品を提示してもらいたいと思います。見返すことも、ままある作品でもあります。

まず継続すること。人生上において大事なことは、ゴジラでも変わりはありません(笑)