【2020年の映画へ向けて】 も〜っと! おジャ魔女どれみ カエル石のひみつ

2020年11月11日

おジャ魔女どれみ』20周年記念として製作されている魔女見習いをさがして』この前作に当たる映画について、今回はブログにします。前作といっても19年前になってしまうわけですが。いやぁ〜、ホント久しぶりですな。

以下、ネタバレです、独自解釈による偏見もあります(笑)どうか、ご了承のほどを。製作者などの敬称も略とさせていただきます。

【作品概要】特に監督と音楽

も〜っと! おジャ魔女どれみ カエル石のひみつは、2001年7月14日東映アニメフェアの一つとして劇場公開されました。
ここで披露されたエピソードが、次のテレビシリーズおジャ魔女どれみドッカ〜ン!』の38話に間接的とはいえ「見といたほうがいいですよ」レベルで絡んでくるという重要さです。おジャ魔女どれみナ・イ・ショ』において、いきなり思い出したように回想で使用されたりもします。
見逃すな、というメッセージが伝わってくるような扱いの作品です(笑)

映画スタッフ

  • 企画 – 関弘美
  • 監督 – 山内重保
  • 脚本 – 栗山緑
  • 音楽 – 奥慶一
  • 美術 – 行信三
  • 作画監督 – 馬越嘉彦

監督以外は、まさしく鉄板の製作スタッフです。
20周年記念で製作するとなった映画は、企画のの尽力が大きいに違いありません。脚本・音楽・美術に作画と、現在になって振り返って見てもかなりなメンバーです。後年になっても愛される作品というのは、どこか奇跡的なスタッフの巡り合わせが欠かせないのかもしれません。

さて優秀な定番スタッフたちを従え、誰が演出するか。テレビシリーズにおいて、各演出担当の色がはっきり出るところが『おジャ魔女どれみ』を観る楽しみの一つでした。視聴対象年齢が小学校という作品にこうした見方をするヲタはけっこういたのではないか、推測します。あくまで推測です(笑)。

も〜っと! おジャ魔女どれみ カエル石のひみつ』が持つ独特の雰囲気は監督によるところが大きいと思われます。

山内重保

も〜っと! おジャ魔女どれみ カエル石のひみつの監督は、山内重保。1977年からアニメ業界で働いていますから、かなりのベテランです。アニメを観たことがないという人でなければ、どこかで担当した作品を目にしていると思われます。現在(2019年)においても現役です。

山内重保がチーフとして担当する作品の特徴を独断と偏見で述べさせてもらえば、己れの意図する演出をやりきる人!築き上げた作品の雰囲気や視聴者が期待するところは傍に置く。だから本来の視聴者より年齢の上がった作品になる。極端に振れすぎて、傑作か、大外れになるか油断ならない。
だからこそ印象を残す監督だと思っています。個人的には、とても好きな演出家です。

も〜っと! おジャ魔女どれみ カエル石のひみつは、そんな山内監督の意向が強く出た作品です。テーマは小学校生に訴える内容であっても、演出は低学年の子供にはきついかもしれない。だからこそ少し大きくなった時に観て欲しい作品に仕上がっています。

そして大人なら、素直にいい作品として捉えられると思いたいです。

ストーリー

『おジャ魔女どれみ』は、音楽がいい。担当した奥慶一がもたらした作品に対する貢献は大きい。とりわけ凄いと思わせたのがも〜っと! おジャ魔女どれみ カエル石のひみつにおける劇伴である。
これまでどれみで流されてきた親しみやすい音楽から一転して、陰鬱な弦楽器の響きから悲しくも激しいアコースティック・ギターの音色を主に置いた『魔百合の愛のテーマ』この印象的なBGMをバックに、絶望した魔百合が被るお面が真っ二つになり素顔が露わになったところから始まります。

がらりと変わるようにテレビ主題歌『おジャ魔女でBAN2』が流れます。
この主題歌が流れるうちに、今回の舞台である祖父母がいる山村の家(飛騨高山)どれみたちが訪れるまで、そしてどれみの祖父が諍いの状況にあるようなところが見とれます。
祖父母の家の中には大量のお面が飾られていました。

妹のぽっぷを混じえ、きゃっきゃっと遊ぶどれみたち(はづき、あいこ、おんぷ、ももこです)。

そんななか、どれみの祖父が漆塗りをしているところをみんなで見学します。
まだ干している最中の漆塗りに、あいこが触ろうとします。当然ながら祖父は「触るな!」と怒鳴ります。仕上がりどうこう以前に、かぶれてしまいます。遊びにとはいえ、預かっている娘さんを傷つけるわけにはいきません。
けれども、この一件であいこはすっかり怯えてしまいます。あいこの両親は駆け落ちだったため、母親の祖父とはうまくいっていません。幼き頃に見た祖父の恐ろしいまでの怒り顔が、どれみの祖父にダブってしまうようです。

とはいえ、きゃっきゃっとしているどれみたちがいます。なんだかんだみんなで元気にはしゃぎまわってます。祖母の水羊羹作りに加わる際はパティシエ服に変身するくらいです。

夜になって囲炉裏を囲んで全員集合の形になります。
ここでカエル石にまつわる過去の悲しい出来事などが確認されます。
魔百合の愛する人が村人のために犠牲となって処刑されてしまい、世を儚んで川へ身を投げた。その亡骸におかしなカエル(魔女ガエルの呪いを受けた魔女の姿)が縋り付いていた笑う月の晩に。

そして明日は笑う月の晩。カエル石に近寄ってはダメだと祖父から言い渡されますが、その孫はダメだと言われると行きたくなる性分みたいです。一緒に来たお友達も乗っかります。こういう時は、下の子が置き去りになるのは世の常です。

大人たちの目を盗んで、山の上を目指すどれみたち。歩いて上がるのは大変ですから、途中から魔法です。ホウキに乗って飛んでいく……はずが、なぜか魔法が解けていきます。

墜落し元の姿になったどれみたちに雨が降ってきます。木の下で雨宿りしながら、どれみの祖母から教わった「カエルが一つなきゃ〜」と始まる童謡をおんぷが歌いだします。童謡通りに物事が起きていくようであれば、どれみたちも行動開始です。

目的としていた一本杉を見つければ、中に割れたお面があったりします。ちょっと怖い雰囲気です。
そこへお面を付けた蓑に笠を被った、怪し限りの姿が現れます。
どれみを置いて、他の4人は逃げ出します。よほど気が動転していたためということで、他の4人は責めないでおこうと思います。

ひとり残されたどれみは善十郎が現れたと思います。割れたお面を合わせて被ります。魔百合のテーマが臨場感を高めます。善十郎と魔百合が抱きつくシーンが差し込まれます。そしてどれみを掴んだ手は暖かい。

一方、お面をして蓑に笠といった姿でどれみのが上がってきます。一本杉でどれみといる祖父に倣ってきたらしい。毎年、面を作って奉納している姿を見てきたからと言う祖父が鼻をすする。とても小学戦には理解しがたい感動シーンである。かく言う大人だって考えなければ分からない場面だった。

お面にユリを供えたどれみは手を合わせる。お面を伝う水滴は涙のようです。

無事に帰宅すれば夕飯を食べているどれみたちである。

あいこはすっかり吹っ切れたか、食事が終わると祖父の膝に乗る。そこで手に多くできた黒子(ほくろ)について言及する。
お迎え黒子だと祖父は答える。もうすぐあの世からお迎えがくる印なんじゃ、と。
泣きながら抱きつくあいこに、どれみ。涙ぐむはづきももこに、おんぷぽっぷも大泣きであれば、祖母も目頭を押さえている。

みんなに来てもらえるよう長生きする、と答える祖父もまた涙目である。
息子であるは拭いたメガネを掛け直して、静かに座っているところでエンディングの歌が入ってくる。

エンディングテーマは『夏のまほう』どれみたち演じる5人の声優が歌う唄は、夏は何度でもくるけれど、この夏は二度とこない。この映画に相応しい名曲です。

短編映画の傑作ですよ

今回、見返してつくづく子供には理解し難い傑作だと思った(笑)。
上記のストーリー、かなり独自にいじってます(すみません)しかしそれくらい細やかに意味を持たせたシーンは多く、また解釈を観る側へ委ねている。のんびりした雰囲気を湛えつつ気の抜けない映画である。

とはいえ、時間にして26分! テレビ放映の尺と同じぐらいじゃないかといった程度である。

おジャ魔女など知らん、興味などない!それでも騙されたと思って、いきなりこの映画に手を出してみて欲しい。なに騙されても、所詮は26分である。金銭面は置いといて、時間で考えればたまには無駄にしてもいい長さではないか(酷い言い方だw)

幻想的でありながら、流れる時間の大切さを夏の一コマで描いた良い作品である。